公益財団法人 藤原ナチュラルヒストリー振興財団 | Fujiwara Natural History Foundation

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九州シンポジウム「天変地異の時代〜火山列島に生きる〜」  レポート

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2023.08.01 シンポジウム

九州シンポジウム「天変地異の時代〜火山列島に生きる〜」(ハイブリッド)開催

トンボの進化をさぐる-オセアニアにおける進化の解析- 2008.08.08

著者: 苅部 治紀 (神奈川県立生命の星・地球博物館)

日本人には非常になじみ深い昆虫で、子供たちには友達のような存在の(だった?)トンボですが、実は世界的にはさまざまな扱いを受けています。欧米では、なぜか「トンボは刺す」という迷信が信じられていたり、不吉な虫として扱う地域があったりします。トンボは、昆虫の中でも原始的なグループとして知られています。現在、5千数百種に名前がつけられていますが、まだまだ世界中で新種の発見が続いており、最終的には6千種後半になるのではないかと考えられています。

世界のトンボ相の特徴として、意外に地域固有性が高いことが挙げられます。たとえば、アジアにしかいないグループやオーストラリアにしかいないグループなどが多数存在しています。高度な飛翔能力を持つトンボですから、海をこえるのは簡単そうですが、実際には特定の種だけがそうした世界的な放浪能力を持っていて、多くの種は自分たちの生まれた地域にしがみつくようにして生息しています。

このように世界には多種多様なトンボがいるわけですが、とくに変わった仲間が多いのが、オーストラリアを含むオセアニアと呼ばれる地域です。この地域は、日本からも比較的近いために、毎年多くの観光客が訪れますが、たとえば、動物ではコアラやカンガルーに代表される、世界中のほかの地域ではまったく見ることができない生物が沢山生息しています。

トンボも同様に、この地域にしかいない属(近縁種が集まった分類単位)が生息しています。また、世界最大のトンボのひとつであるコウテイムカシヤンマもこの地域に特有の種です。そんなわけで、東南アジアとはまったく異なる種が生息するこの地域のトンボは、いったいどんな経路で進化してきたのか、かれらの生態はどんなものなのかを解明したくて、研究を始めました。

図1: 固有種の多く生息する湖

図2: 固有トンボの生息する河川: ニュージーランド

今回の研究対象地域は、オーストラリアを中心に、ニュージーランド、ニューカレドニアの3地域です。ほかにも面白い島々があるのですが、これらの地域は長い間ほかの地域と隔離されていた歴史をもち、固有種・属の率が非常に高いため、進化を考える上で大変重要なのです。また、世界中でも、南米の南部、今回の調査対象であるオセアニア、アフリカの南部にのみ生息するグループがいくつか知られており、これらは、かつての超大陸ゴンドワナ(まだ世界中の陸地がひとつだったころの呼び方)の名残りだとされています。つまり、むかしむかし、今の大陸がひとつだったころには、南米の南部、オセアニア、アフリカの南部は、南極を中心に、ひとかたまりだったわけです。その後の大陸の移動に伴って、現在のように遠く離れていき、さらにかつては温暖だった南極は氷の世界に変わっていき、生物のほとんど住めない世界になっていくわけです。トンボたちも、このかつて一緒に住んでいた歴史を今にとどめる生き証人なわけで、とても飛んでいけない長距離に、同じグループが隔離して住んでいることは、大陸移動の重要な証拠でもあります。非常にスケールの大きな夢のある話ですよね。

実際に現地で調査してみて痛感したのは、とくにオーストラリアでのトンボ採集の難しさでした。一般にトンボは水辺にいけば飛んでいるイメージがありますが、実はそうした種とは別に、朝夕のうす暗い時間にしか活動しなかったり、近縁種が季節によってすみわけていたり、いろいろと特殊な生態を持つものがいます。こうした仲間は、「場所」と「時期」、「時間」をきちんと把握しないと、なかなか出会うのが困難なのですが、オーストラリアにはトンボの研究者が極端に少なく、そうした生態情報や産地情報がない種がほとんどです。結局、昔の文献で産地を調べて、いろいろなことを試してなんとかサンプルの収集を進めるのですが、滝の水しぶきがあたる部分にしかいない種がいたり、くそ暑い乾燥地帯の狭い湿地にしかいなかったり、なかなか大変でした。また、各種の個体数も一般に少なく、出会うことが難しい固有種が山ほどいます。その後も含めると5年間ほど気合を入れて調査しましたが、まだ採集できない属がよっつほど残っています。厳しい地域です。

図3: Antipodochlora braueri (エゾトンボ科)

また、オーストラリアもニュージーランドも、農業開発が徹底していて、国立公園などの保護地域のすぐ外側までは一面の畑、というケースも多いのです。環境保全には熱心に見える国ですが、実は日本の方がはるかに良好な環境が保たれていることも知りました。土地の立ち入りが厳しいことも特徴で、「私有地につき立ち入り禁止」になっているエリアが沢山あります。これもだいたいどこでも自由に歩ける風土を持つ日本は、いい場所なんだなーと痛感しました。

今回の研究は、収集した資料を外部形態(羽の脈や交尾器などの形)とDNAの両面からその系統を解析してみよう、というものです。とくにDNA解析は技術も進み、比較的容易にその仲間のたどってきたであろう進化の道筋を示すことができる重要なツールになってきています。

図4: ザックに止まるUropetala chiltoni (ムカシヤンマ科)

実際には、さまざまな落とし穴があって話はそううまくいかないのですが、今回の解析結果からも、いろいろなことがわかってきました。たとえば、オーストラリア固有のいくつもの属のヤンマは、他の大陸の仲間とは完全に別に進化し、大陸の中の地理的な隔離で急激に進化して種が分かれていったこと、一部の仲間はたぶんニューギニアなどからあとで侵入し、分布を拡大してきたこと、砂漠を隔てた南西部(パース)に原始的な種群が残っていること、ベニボシヤンマやムカシヤンマなど、いくつかのグループで確かに南米との類縁関係が見られること、ニューカレドニアでは、ひとつの侵入種から非常に急速に6種ほどが分化して、さまざまな環境(たとえば、源流、中流)や生態的な適応放散が生じたであろうことなど、さまざまな興味深い結果が出ています。

図5: Procordulia smithii (エゾトンボ科)

その後も研究を継続しており、周辺地域を含むこの地域全体の様相を把握すべく努力中です。生物は、美しい色彩や変わった形態で、我々の眼を楽しませてくれていますが、こうした研究からは、それぞれの種の背負っている地球の歴史を垣間見ることができ、それも楽しい側面です。

参考文献

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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2024年3月までに、学術研究助成883件、高等学校への助成127件を実施しました。