公益財団法人 藤原ナチュラルヒストリー振興財団 | Fujiwara Natural History Foundation

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野生植物の交雑現象とその進化生物学的意義−メギ科植物イカリソウ属の場合− 2008.11.17

著者: 牧 雅之 (東北大学大学院生命科学研究科)

植物は動物と違って動けないので、他の個体との遺伝子のやりとり(花粉が雌しべに運ばれて受精が起こる)が受動的に行われるのが一般的です。そのため、類縁関係が近い種がそばに生育していると偶発的に一方の種から他方の種へ花粉が運ばれて、異なる種間で交配が起きる場合があります。このような現象を種間交雑現象といいますが、植物では広くみられ、古くから生物学者の関心を惹いてきました。

種間交雑が偶然起きても、その結果生まれる子孫に繁殖能力がない場合には、1代限りの交雑個体が生じるだけで、それ以上のことは起きません。このような例は少なくなく、野外で2つの近縁な種が共存していて、そこに中間的な形をもった植物が見られる場合はよくあって、その個体が花粉を作らないことが頻繁に観察されるので、1代限りの交雑個体と見なすことが出来ます。しかし、交雑の結果生じた個体が少しでも繁殖能力を持っている場合には、そのような個体が橋渡しの役割をして、異なる種の間で遺伝子のやりとり(遺伝子の交流)が起きる場合があります。

種間で遺伝子の交流が生じる場合、異なる2つの種が最終的には一つの種としてまとまってしまう場合もあり得ます。あるいは何らかの理由で、2種が接触している場所に限って交雑個体が維持され続ける場合もあります。また、2種の交雑がきっかけとなって、別の新しい種が生まれる場合があることも知られています。

図1: 仙台市近郊のイカリソウとキバナノイカリソウの交雑集団

メギ科のイカリソウ属植物は多年生の草本で、主に林の縁や明るい林内に生育しています。花の形が錨に似ていることからこの名前が付いています(図1および図2)。日本には外見上明らかに区別できるイカリソウの仲間が多数分布していますが、それらが接触する地域ではしばしば交雑に由来すると思われる個体が見られます。たとえば、図1は仙台市近郊の1カ所から採ったイカリソウ類の5個体の花序(花の集まり)を示したものです。クリーム色の花を持つ個体はキバナイカリソウという種と同じ花のタイプであり、紅色の花を持つ個体はイカリソウ(狭義、狭い意味のという意味)と同じ花のタイプになっています。しかし、ガクの部分は紅色で花弁の部分はクリーム色の個体(モザイク型、図1の中央の個体)も高い頻度で見られます。この集団よりも山形県寄りでは、花全体がクリーム色の個体の頻度が高くなって、ある地点から先は全てクリーム色の個体ばかりになります。一方、この集団から仙台市街寄りの集団では花全体が紅色の個体が多くなり、ある地点からは全て紅色の個体ばかりになります。

図2: 交雑起源と推定されるヒメイカリソウ

同様の現象は、複数の場所で起きていることが知られています。長野県から新潟県にかけての地域や、新潟県の中部でもクリーム色のキバナイカリソウと紅色のイカリソウが混ざって生育していて、花がモザイク型になっている個体が見られます。また、モザイク型でも、いろいろな花色の程度のものが見られます。

この2種の間で人工的に交配を行うと種子は問題なくできますし、その種子を蒔いた個体にも繁殖能力があることが知られています。したがって、もしこのままの状態が続けば、キバナイカリソウとイカリソウはお互いに遺伝子交流が生じた結果、完全に混ざってしまって1つの種となってしまう場合もあり得ます。あるいは、何らかの理由によって、キバナイカリソウの性質を示す遺伝子はイカリソウの分布地域には侵入できず、その逆も成り立っている状態にあるのかも知れません。

この2つの種の主な違いは花の色なので、たとえば花粉を運ぶ昆虫が二つの種の花色を区別していて、イカリソウの分布する地域ではキバナイカリソウの花を訪れることがなく、その逆も成り立つような場合には交雑個体は2種が接触する地域のみに限定して存在し、それ以上は2つの種の交雑が進んでいくことが出来ない可能性もあります。しかし野外で見る限り、この2つの種には同じ昆虫が訪れていますので、その可能性は小さいように思われます。あるいは2つの種は人の眼では分からないような異なる性質を持っていて、キバナイカリソウはより内陸地に適応しているのに対して、イカリソウは沿岸地域に適応しているのかも知れません。この場合も、一方の種の遺伝子が他方の種の分布域に侵入していけない要因となります。このような生理学的な違いについての研究は、イカリソウ属ではまだほとんど進んでおらず、今後の大きな課題と考えられます。

あるいは、いま私たちが見ているキバナイカリソウとイカリソウの交雑現象は、2種が融合しつつある途中段階なのかも知れません。過去の気候変動(長いスパンで見たときの気温の変化)によって、植物の分布が拡大したり、縮小したりしていることが分かっています。この2つの種は、もっと古い時代には完全に離れて分布していたのに、一方の種あるいは両方の種が分布を広げるにしたがって接触するようになり、今現在では交雑が起こるようになった可能性があります。

イカリソウ属では、以上のような2種が接触地点で交雑個体を生じさせている現象以外に、2つの種の交雑によって別の全く新しい種ができたと考えられる場合も知られています。図2は四国と九州の一部に分布するヒメイカリソウという種です。この種は、花弁の形状や葉の付き方、小葉(葉の構成単位の一つ)の形態などはバイカイカリソウと別のイカリソウ類(いくつかの候補種を含む)の中間的な状態にあります。しかし、ヒメイカリソウが分布する地域ではバイカイカリソウやイカリソウが一緒に生育している場所はほとんど見られず、またこの種は他のイカリソウ類と中間的な形態の個体をほとんど含みませんので、上であげたような2種の単純な接触によって生じているものとは違うものと見なすことが出来ます。むしろ、バイカイカリソウと他のイカリソウ類の交雑が引き金となって、新しい種が出来たのではないかと推定されています。同様にバイカイカリソウとイカリソウの中間的な形態を持っているものの、ヒメイカリソウよりはバイカイカリソウに形態的に近いものとしてサイコクイカリソウが知られています。この植物は四国の一部と淡路島のみに知られています。この植物も、バイカイカリソウと他のイカリソウ類の交雑に由来して出来たものではないかと考えられています。

私たちは藤原ナチュラルヒストリー財団の助成をいただき、これらの種間交雑によって生じたと考えられるイカリソウ属植物の起源を遺伝学的な手法を用いて解析しました。その結果、ヒメイカリソウとサイコクイカリソウの起源にはそれぞれイカリソウとトキワイカリソウという異なる2つのイカリソウ類が関与しているらしいことを明らかにしました。もう一方のバイカイカリソウの関与に関しては、まだ完全な証拠を得るに至っていませんが、どちらにもバイカイカリソウが関与している可能性は高い結果を得ています。

イカリソウ属の植物では上にあげた例以外にも、交雑が関与している現象がたくさん見られ、進化生物学上たいへん興味深い植物です。たとえば、イカリソウ・キバナイカリソウ・トキワイカリソウの3種が同時に交雑を起こしていると推定される場所があり、このような状況ではどのような組み合わせの交雑がどれくらいで起きているのか、特定の組み合わせの交雑が起きやすいのかなども興味惹かれるテーマです。こういった未解決の興味深い現象について、遺伝学的手法や生態学的手法を用いて解析を行い、植物における交雑現象の重要さを明らかにしていくというのが私たちの目標です。

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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2024年3月までに、学術研究助成883件、高等学校への助成127件を実施しました。