公益財団法人 藤原ナチュラルヒストリー振興財団 | Fujiwara Natural History Foundation

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生物の殻の中に保存された窒素の同位体組成から栄養源を復元する 2008.11.18

著者: 柏山 祐一郎 (海洋研究開発機構・地球内部変動研究センター)

この研究は、2004年度に当財団の第12回学術研究助成を受け開始されました(申請者は当時博士課程1年)。博士研究のテーマではなかったのですが、予想以上におもしろいデータが得られ、助成を受けた一年で、軟体動物の殻の窒素同位体組成から食性に関する復元をするという、全く新しい研究手法を提示できました。その後、本業の博士研究に時間をとられ(?)なかなか進展をみませんでしたが、最近になり、アミノ酸の化合物レベルでの窒素同位体分析という新しい手法を取り入れることで、新たな展開が開けつつあります。

研究の背景

過去の地球上において繁栄し、化石でのみ知られている既に絶滅した生物種の生態については、従来、化石形態の情報と現存する類似の生物からの類推など研究がなされてきました。また、現存する生物種の中にも、自然界における生態が分かっていないものがあります。しかし、生物の生態が直接観察できなくても、生物の骨格や殻体中の炭素や酸素などの安定同位体組成から、生物活動の様々な側面を定量的・半定量的に復元する手法が既に知られています。たとえば、保存のよいアンモナイトの化石と同時代の様々な環境にすんでいた微化石の殻の炭素や酸素の同位体組成を知ることから、アンモナイトの生息環境の推定などが可能です(Moriya et al., 2003)。一方、今回の研究では、生物の殻の中に残された有機物の窒素の同位体組成を調べ、現世および化石生物の食性に関する生活史を復元するという、新しい手法の開拓を試みました。

図1: 現生オウムガイ殻体の粉末試料の採取。丸は主殻体(黒線で強調)の粉末採取位置を示し、数字は巻きの中心からの長さ(mm)。赤丸は孵化前、青丸は孵化後の部位。隔壁については、赤線が孵化前、ピンク線が移行期、青線が成長期。試料は、1993年にフィリピン・ルソン島のバラヤン湾にて生息個体として採取され、水槽中でしばらく飼育されたものを用いた。オウムガイの隔壁は一枚ずつ切除され、表面に付着した有機膜を除去・洗浄した後、粉末化した。また、主殻体の真珠層だけを、マイクロドリルを用いて成長方向に沿って断続的にサンプリングした。こうして作成された粉末試料の窒素同位体組成を、高感度仕様の元素分析計-オンライン-同位体質量分析計(EA-IRMS)を用いて測定した。

生物の体を作る有機物に含まれる窒素の安定同位体組成(15N/14Nの比は標準値からのずれとして千分率‰で表記される[0.1%=1‰])は、栄養の供給源(えさ・共生細菌など)の窒素同位体組成を反映し、かつ、食物連鎖のヒエラルキー中で高次の捕食段階にある個体ほど高い窒素同位体組成を持つことが知られています。この食物連鎖中におけるある生物の「位置」を「栄養段階」と呼びますが(たとえば海藻-基礎生産者-を食べる巻き貝は栄養段階が1つ高い一次捕食者である)、栄養段階が1あがるにつれ、窒素の同位体組成は約3‰高くなります(DeNiro & Epstein, 1981; Minagawa & Wada, 1984など)。生物の殻の中に含まれる有機物の持つ窒素同位体組成は、殻形成の各時期における生体の同位体組成を記録しているものと考えられます。さらに、軟体動物(二枚貝や巻き貝、オウムガイ、アンモナイトなど)の殻は付加成長により形成されるので、殻の成長線に垂直な各部位の窒素同位体組成は、それぞれ形成された時期の餌の同位体組成を反映するはずです。すなわち、成長線の垂直方向に沿って窒素同位体比を測定することにより(図1)、成長に伴う食性の変化を復元できることが期待されます。

現世オウムガイの食性に関する生活史の復元(助成期間中の研究成果)

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図2: オウムガイの殻の窒素同位体組成。(2A)2個体の隔壁の測定値: 7番目から12番目の隔壁にかけて、約4‰連続的で急激な値の低下を示したが、13番目の隔壁以降は約2‰の範囲で緩やかな推移を示した; (2B)3個体の主殻体の測定値:巻きの中心から60mm前後にかけては高い値で比較的安定するが、60mm前後から110mm前後にかけて、3~4‰ほど連続的に低下し、それ以降は、ほぼ2‰の幅で緩やかに推移、水槽で飼育された後に形成された部位では、それぞれ再び急激な値の低下が見られた。

この研究では、現生オウムガイ(Nautilus pompilius)を用いて、殻の有機物の同位体組成の成長に沿った時系列変化が、予想される栄養源(食性)の変化を有意に反映することの検証を試みました。オウムガイの隔壁と主殻体(フラグモコーン)の窒素同位体組成の測定結果を図2に示します。それぞれ、同様な同位体組成の相対的変化パターンを示すことが分かります。すなわち、7-12番目の隔壁と、主殻体の巻きの中心から60-110mmにかけて、窒素同位体組成は3~4‰連続的な低下を示しました。このことは、殻の中の窒素の同位体組成の変化が、オウムガイの栄養源の時系列変化を反映していることを強く示唆します。まず、窒素同位体が比較的高い値を示す巻きの中心部分は、孵化前に卵の中で形成された殻体であると考えられます。孵化前の卵の中では、親の組織と同じ窒素同位体組成を持った卵黄のみを栄養源として成長するため、見かけ上、成体のオウムガイよりも栄養段階が一つ高い(つまり約3‰高い)窒素同位体のシグナルを持っていると解釈されます。オウムガイは孵化前に第7隔壁まで形成することが知られていますから(Landman et al., 1994)、今回の結果はそれと整合的です。

また、これ以降に形成された殻で連続的な減少を示すのは、栄養源が卵黄からえさに移行する段階を示します。オウムガイは、孵化後に補食を始めたのちも、しばらく卵黄嚢を持っていることが知られています(Uchiyama & Tanabe, 1999)。さらに、生物の組織は徐々に新陳代謝が進行するため、その同位体組成は、急激な栄養源の変化にも関わらず、ある程度連続的に変化することが予想されます。これらが連続的な同位体シグナルの変化の原因と考えられます。それ以降の殻の窒素同位体組成は、オウムガイがおおむね同じような、比較的高次の補食段階にある餌を補食して成長したことを反映しています。これは、オウムガイが、幼体のころから甲殻類の脱皮殻などを餌としているという観察と整合的です。また、水槽で飼育後に同位体組成が急激に低下するのは、飼育中に与えられた人工的な餌(養殖のエビなど)が、比較的低い窒素同位体組成を持っていたためと考えられます。

化石オウムガイの食性に関する生活史の復元(助成期間中に開始された研究の成果)

上記の結果は、アンモナイトなどの化石頭足類の食性に関する生活史や孵化のタイミングの研究についても、有望な手法である可能性を示唆するものでした。そこで、アラゴナイト(生きたオウムガイの殻を構成している炭酸塩の種類)がよく保存された化石オウムガイ(Cymatoceras sakalavus)についても、同様に殻の窒素同位体組成を測定し、成長軸にそった食性変化が記録されているかどうかを観察してみました。

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図3: マダガスカル島の白亜系アルビアン階から産したCymatoceras sakalavusの隔壁の窒素同位体組成。殻体全体が結晶質のカルサイトに埋包されているため、コンピューター制御の高精密マイクロドリルを用いて、中心断面より隔壁の粉末を採取した。

分析した化石試料の場合、現生のオウムガイで見られたような、孵化に伴う窒素同位体組成の低下は観察されませんでした(図3)。代わりに、成長の全体を通して3‰弱の同位体組成の上昇が観察されました。これは、成長に伴って餌がより高次の栄養段階のものに漸移したことを示す可能性があります。ただし、窒素同位体組成は全体として非常に低く(1-4‰)、このことが、この個体が海藻などを食べる植物食であったため(すなわち低次の栄養段階)か、死後の二次的な課程によるシグナル(化石化する過程での同位体シグナルの変質)なのかの判別は、現状では困難です。そこで、より信頼度の高い研究手法として、現在、殻の中の「アミノ酸の化合物レベルでの同位体分析」という手法の開発に取り組んでいます。

アミノ酸の窒素同位体組成に基づく食性の復元(助成期間後の研究成果)

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図4: フェニルアラニンの窒素同位体組成は、栄養段階に関わらずほぼ変化せず、食物網の基底をなす一次生産者の窒素同位体情報を保存する。一方、グルタミン酸は栄養段階に応じて一定の明確な幅で15Nの割合が増加する。これらは、生物界に普遍的なアミノ酸の代謝プロセスを反映するため、現世に限らず地質時代を通しての様々な生態系の構造を理解するツールとして有望である。

近年の研究から、生物を構成する各種アミノ酸の窒素安定同位体組成が、食物網解析や特定の生物間の捕食-被食関係の解明により有効なツールであることが示されてきています。特に、グルタミン酸とフェニルアラニンの窒素同位体組成の差から、栄養段階の絶対値を定量的に推定する方法が提案されています(Chikaraishi et al., 2007; 図4)。

さて、オウムガイなど軟体動物の作る炭酸塩の殻だけでなく、リン酸塩からなる脊椎動物の硬組織などに含まれる有機物は主にタンパク質であり、実際アミノ酸分析には適した材料です。軟体動物の殻ではコンキオリンなど、脊椎動物の骨や歯ではコラーゲン・アメロゲニンなどのタンパク質が「鋳型」(間基質)となり無機塩の結晶が形成され、これが結晶同士を結合させる役割を担っています。化石試料を研究する場合、分析されたアミノ酸が初生的な有機物を起源とすることが重要ですが、従来の研究から、保存のよい化石試料中からは、骨コラーゲンやコンキオリンの断片化したペプチドが確認されています。そこで、より信頼性の高い古生態情報の抽出をめざして、化石から分離されたタンパク質/ペプチドのみを対象としてアミノ酸の窒素同位体分析を行うことを最終的な目標にして研究を進めています。

現在までに、現生生物の骨や貝殻(オウムガイ、巻貝、有孔虫の殻とサメの歯のエナメロイド)からアミノ酸を抽出し、窒素同位体分析を行うことに成功しました。上記の研究で用いられたオウムガイ(Nautilus pompilius)の殻のアミノ酸を分析して栄養段階の推定を行ったところ、孵化前に形成された殻が栄養段階4.5を示したのに対し、孵化後の殻は、成長を通じて栄養段階3.7-3.8という値を示しました。ここで栄養段階が小数点以下を取るのは、現実の食物網では入り組んだ栄養の流れを取る(捕食者が異なる栄養段階の生物を捕食する)ことを反映するためです。この結果は、オウムガイがほぼ3次の捕食者(栄養段階2が一次捕食者に相当するため)であり、卵黄を栄養源にして成長した胚の栄養段階は、見かけ上1弱高くなることが明示されました。これは、上記の殻の有機物全体の窒素同位体組成の研究の結果を支持するものです。また、巻貝やサメの歯のアミノ酸の同位体組成は軟体部のそれとほぼ同様な値を示したので、化石などに保存される硬組織のアミノ酸が、個体全体を代表する同位体シグナルを保存することも確認されました。現在、実際の化石試料中から取り出したアミノ酸の同位体分析に取り組んでおります。

引用文献

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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2019年3月までに、学術研究助成773件、高等学校への助成102件を実施しました。