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外洋に生きるウミアメンボ 2009.01.06

著者: 井川 輝美 (盛岡大学文学部)

地球上で最も繁栄している生物は何でしょうか? 昆虫です。種数の多さでも様々な環境に適応している点でも他の生物を圧倒しています。記載されている昆虫の総種数は約95万種であり、この数は地球上の全生物の種数の半分以上を占めます。昆虫は、南極やヒマラヤ高地などの極寒の地にも赤道直下の熱帯にも生息しています。川にも砂漠にも住んでいます。

しかし、昆虫が不得意とする環境があります。海洋です。地球の表面積の約70%は海洋であるにもかかわらず、海に生息する昆虫はわずかで、そのほとんどが潮間帯に住んでいます。外洋に生息する昆虫はアメンボ科ウミアメンボ(Halobates)属の5種しかいません。陸では圧倒的な繁栄を誇る昆虫がなぜ海に生息域を拡大できなかったのか、海洋性昆虫たちがいかなる経路で海洋環境に進出し、どのように生きているのかは極めて興味深い問題です。

外洋に生息するウミアメンボ

ウミアメンボ属の昆虫は46種が記載されています。大部分は沿岸に生息しており、5種が外洋に広大な分布域をもちます(図1)。ツヤウミアメンボHalobates micansは、太平洋・大西洋・インド洋に分布します。センタウミアメンボH. germanusの分布域はインド洋から太平洋の西半分に広がっています。コガタウミアメンボH. sericeusH. sobrinus(和名なし)、H. splendens(和名なし)は太平洋に生息しています。ウミアメンボは翅をもっていないので海表面という二次元の世界に住んでいます。

図1: 採集記録をもとに作成された外洋性ウミアメンボの分布図(Cheng, 1985を改変)

図2: ナイロンロープに産みつけられたウミアメンボの卵。ウミアメンボは不完全変態の昆虫です。卵から出た幼虫は5回脱皮して成虫になります(図3・図4も参照)。

図3: ツヤウミアメンボの雄成虫

図4: ツヤウミアメンボの2齢幼虫

外洋性ウミアメンボには、大海原で生きるための特別な適応が見られます。第一に、陸や沿岸のアメンボは植物や岩に産卵しますが、外洋性ウミアメンボは漂流物に卵を産みつけます(図2)。流木、タールの塊、プラスチックの容器など浮いているものには何にでも産卵します。海の表面にそのまま産卵するよりも漂流物に産卵した方が孵化したときに同種の個体と群れをつくることができて有利なのかもしれません。第二に、ウミアメンボの体表面は空気を保持する能力に優れた毛の層に覆われています(図3)。暴風雨によって長時間海面下に沈んでも、毛の層に取り込まれた空気によって呼吸することができます。第三に、外洋性ウミアメンボはクチクラに紫外線を吸収する層を持っています(図4)。熱帯の海表面では強烈な紫外線にさらされますが、この紫外線吸収層があるため有害な紫外線はウミアメンボの体内には届きません。

海洋拡散から見えてくる外洋性ウミアメンボの生活史戦略

1. どのくらい移動するのか?

海洋表面では海洋拡散と呼ばれる力が常に働いています。この海洋拡散がどのようにウミアメンボに作用しているのか、そこからウミアメンボの生活史戦略を探ってみることにしました。

海の表面から深さ約100m位の海水には、起潮力や大気の運動によって様々な大きさの渦が生じてきわめて不規則で複雑な運動が存在しています。このような流体のことを乱流と呼びます。拡散といえば分子のランダムな熱運動によって引き起こされる分子拡散がよく知られています。しかし、海洋拡散は乱流によって引き起こされ、分子拡散よりはるかに強力です。

図5: ウミアメンボの群れの拡散

もしも、ウミアメンボが海洋の拡散の力にまかせて漂っていくとしたらどのくらい遠くまで拡散するでしょうか?ウミアメンボのパッチ(群れている集団)が最初は非常に小さく、そこから海洋拡散によって広がっていくと仮定すると、それは乱流の中の点源から放出された粒子群の拡散として考えることが出来ます。乱流拡散では分散は時間の三乗に比例するため、時間が経過すればするほどその拡散の度合いは極端に大きくなっていきます。ウミアメンボの卵は漂流物に産みつけられることから、そのパッチは最初非常に小さいと仮定してよいでしょう。最初はごく小さな点から出発したアメンボのパッチの半径は、時間の三乗に比例して拡大していきます。このようにしてウミアメンボのパッチの広がりを推定すると、パッチの半径は、10日後には85km、30日後には450km、60日後には1250kmと桁外れに大きく広がっていきます(図5)。ウミアメンボが孵化してから成虫になるまでにかかる日数は約60日と推定されています。もし、卵から孵化して海洋表面上を海洋拡散に流されるままに漂えば親になるまでに1250km(太平洋の西の端から東の端までの約12分の1)の距離を行ってしまうことになります。

以上から、海洋拡散のもとでは比較的短時間で長距離の分散が可能であると言えます。海洋拡散により個体の移動が促進され、広大な範囲で遺伝子流動が起っていることが予測されます。海洋拡散がウミアメンボの個体群構造に影響を及ぼしているという予測は、ミトコンドリアDNA解析によって支持されました。太平洋・インド洋・大西洋の個体群は遺伝的に分化しているが、各大洋の中では広い範囲で遺伝子流動があることが示されたのです。

2. オスとメスの出会い

有性生殖を行う生物はどこかで同種の個体と一緒になる必要があります。ウミアメンボは海洋拡散によって遠くに押し流されてしまっても配偶者を見つけて子孫を残すことが出来るのでしょうか?ウミアメンボがランダムに動く場合と海洋拡散によって運ばれる場合の雌雄の遭遇確率を理論的に計算してみました。ウミアメンボの滑走スピードなどを組み込んだ推定値では、ウミアメンボの密度が高いとき、例えば1km2当たり10万匹のとき(実際の調査結果では、外洋でこのような高い密度になることは多くはありません)は、ランダムな個体の動きを仮定する場合は一日当たりの雌雄の遭遇回数の期待値は約600回となります。海洋拡散のもとでは、約100回となります。一方、低密度、例えば1km2に100匹しかいないとき、ランダム運動を仮定した場合の雌雄の遭遇回数は1日当たり1回未満に減少してしまいますが、海洋拡散のもとでは約10回となります。つまり、海洋拡散のもとでは密度が低くなっても遭遇確率はそれほど低くはならないのです。ウミアメンボは仲間から非常に遠く離れてしまうことがあっても、またどこかの海域で他の個体を見つけることが可能だということなのです。

3. 拡散と増殖とのバランス

図6: 拡散と増殖の釣り合いがとれているとき個体群は安定する

地球上の環境は一様ではなく、それぞれの種の生息に適する場所は限られています。ウミアメンボは水温が低いところは得意でないようです。しかし、ウミアメンボは海洋拡散によって不適当な環境へと押し流されてしまう可能性がありますから、流出に見合うだけ増殖しなければ絶滅してしまいます。逆に、失われるより増える方が多ければ、限りある餌を食い尽くし絶滅してしまいます。増えすぎても減りすぎても困るので安定な個体群には適当な増殖率が存在するはずです。適当な増殖率は生息域のサイズによって異なります。円周と円の面積との比はその半径と反比例することからもわかりますが、生息域のサイズが小さくなると外界との境界が生息域内部の広さに対して占める割合は大きくなります。従って、生息域のサイズが小さくなると、境界から拡散する割合が増大しますから、拡散によるロスを補えるくらいに増殖率が高くないと個体群は絶滅します(図6)。

海洋拡散の作用する海表面での増殖率と生息域のサイズとの関係を調べました。計算の要点を述べると、増殖率は生息域のサイズの2/3乗に比例することが分かりました。つまり、生息域が小さくなればなるほど拡散によるロスが増大するために、ものすごい勢いで子孫を増やさなければならなくなります。結局、海表面ではかなり大きな生息域でない限り、昆虫の安定的な個体群は存在し得ないという結論になりました。太平洋・インド洋・大西洋のそれぞれについてウミアメンボ5種の採集が記録されている海域(図1)の大まかなサイズ(幅または半径)を測ってみると、2000~6000kmという広大なものになります。ウミアメンボでは大洋全域で遺伝子流動があることが理論的にもDNAの解析結果からも示されたのですから、大洋の分布域全体をひとまとまりの生息域と見なすことが出来ます。外洋性ウミアメンボは寿命が長く産卵期間が長く、増殖率は昆虫としては低いと見積もられているのですが、ちょうどこれら数千kmという生息域のサイズが、低い増殖率と見合っていることが分かりました。これらのことからも、ウミアメンボは小さな分断された集団を形成しているのではなく、大洋の分布域全体をひとつの安定的な生息域としていると考えることができます。

図7: 学術研究船淡青丸

図8: ニューストンネットによるウミアメンボの採集(東シナ海にて)

海表面では常に海洋拡散がウミアメンボを生育に適さない環境に押し流そうとします。その場合、生息可能な海域が広いほどリスクが軽減します。また、増殖率が低く寿命と産卵期間が長ければ、風や嵐によって群れから遠く離れても再びどこかで交尾相手に出会える可能性があります。産卵場所となる漂流物を探すことも可能です。低い増殖率と広い分布域は、海洋表面という厳しい環境を生き抜くためにウミアメンボが選び取った生活史なのでしょう。大海原の上のスローライフ!なかなか魅力的ですね!

参考文献

1. ウミアメンボに関する総説
2. 藤原ナチュラルヒストリー振興財団助成による研究論文
3. 海洋拡散に関する論文

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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2019年3月までに、学術研究助成773件、高等学校への助成102件を実施しました。