公益財団法人 藤原ナチュラルヒストリー振興財団 | Fujiwara Natural History Foundation

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隠されていた月最古の火成活動 2009.11.30

著者: 寺田 健太郎 (広島大学大学院理学研究科)

私達万人を魅了する「月」。その理由の一つに、満月の時の「ウサギの餅つき」に例えられる「白と黒」の美しいコントラストがあります。あのシルエットはいつ頃、どのようにしてできたのでしょうか? この素朴な疑問は、実は「月の科学」において未だ解決されていない最も重要な研究テーマの一つです。筆者らは「月隕石の局所年代分析」という世界的にも類を見ない独自の分析法を駆使し、この問題解明に取り組んでいます。

研究の背景

図1: 満月(国立天文台提供)
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1969~1976年の米国アポロ探査・旧ソ連ルナ探査により持ち帰られた約380kgの月試料の分析により、「月の科学」は劇的に進みました。月の白く見える「高地」と呼ばれる領域は カルシウム(Ca)やアルミニウム(Al)、ケイ素(Si)を主成分とする斜長岩からできており、黒く見える「海」と呼ばれる領域は火山活動によって地下から噴出したマグマが冷えて固まった玄武岩でできていることがわかりました。また、これらの岩石の放射年代分析の結果から、「高地」と呼ばれる領域は今から41~45億年前に、「海」は今から30億年前から39億年前にできたことがわかりました。また多くの衝突溶融岩(隕石衝突によって融けた岩石が再び固まったもの)が見つかり、その年代が38~40億年の年代を示す事から、今から約39億年前頃に、月面に直径数百kmの盆地やクレーターと呼ばれる「お椀型」の窪地を形成するような彗星や小惑星などの衝突が立て続けに起こった時期「後期重爆撃期」があったことがわかっています。このことから「白く見える高地が45~41億年前にでき、39億年前頃に大きな盆地やクレーターができ、その後、39~30億年くらい前に黒く見える「海」ができた」というのが「月の歴史」の定説になっています。

図2: 海と陸(NASA提供)
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その後、1990年代になり、NASAが再び月を目指したクレメンタイン、ルナープロスペクター探査機の月全球のリモートセンシング観測により、アポロやルナの試料は、KREEP 物質と呼ばれるカリウム(K), 希土類元素(REE),リン(P)、ウラン(U), トリウム(Th) 等の特殊な微量元素(専門用語で「不適合元素」)が多い地域から採集されていることが明らかになってきました。つまり、広く受け入れられている「月の進化論」は化学的に偏った岩石試料を元に構築されている可能性が指摘され始めました。

一方、近年南極氷床や砂漠などから、月面を飛び出し地球に飛来したと考えられる隕石(月隕石)が数多く発見されています。アポロ・ルナ試料が、月の表側の赤道付近に限局したサンプルであるのに対し、これらの月隕石は、月の裏側や深部を含む未探査領域からのサンプルである可能性が高く、「月の地殻進化が全球レベルでどのように起こったのか」を理解する上で重要な鍵として注目されています。しかし、これらの月隕石の多くは、起源の異なる岩石片や鉱物片の寄せ集めである多種混合角礫岩であり、更に角礫化時(月面上でのインパクト時)の熱変成等により後述する放射壊変系が乱されているなど、地殻の進化に関する正確な年代情報を引き出す事が困難とされてきました。

研究の成果

図3: SHRIMP(広島大学提供)
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そこで筆者らは、リン酸塩鉱物の「マグマからの結晶化時にウランを取り込み易く、鉛を取り込みにくい」という特徴に着目し、広島大学設置のイオンマイクロプローブSHRIMPの高い空間分解能を駆使し、世界に先駆け、リン酸塩鉱物の局所ウラン-鉛系(U-Pb系)年代分析に取り組んできました。イオンマイクロプローブとは、試料表面に直径数μm~数十μmのイオンビーム(一次イオンと呼ぶ)を照射し、そのイオンと試料表面の衝突によって発生するイオン(二次イオンと呼ぶ)を質量分析計で検出する分析装置です。ウラン(238Uと235U)が、それぞれ半減期45億年と7億年で規則正しく鉛(206Pbと 207Pb)に放射壊変することを利用し、リン酸塩鉱物に含まれる238U, 206Pb, 207Pb等のイオンの数比を調べる事で、マグマが冷えてリン酸塩鉱物が結晶化する約600℃になった時の年代(結晶化年代)を求める事ができます。600℃以下ではウランや鉛の元素の動き(拡散)が鈍くなるので、このような温度のことを閉鎖温度と呼びます。リン酸塩鉱物の閉鎖温度は比較的高いので、結晶化した後に、衝突現象のような2次的イベントによって数百℃程度に鉱物の温度が上がっても元素の移動が少なく、年代情報がリセットされにくいという大きな特長があります。

もう一つのU-Pb年代分析の大きな利点として、半減期の異なる238U→206Pb系、235U→207Pb系の二つの放射壊変系を併用する事により、仮に2次的なイベントによってリン酸塩鉱物が熱変成を受けた場合にも、結晶化年代と変成年代の二つの年代情報を導き出せることが挙げられます。

図4: コンコーディア: 207Pb/235U比、206Pb/238U比の経時的変化
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図4は、207Pb/235U比(横軸)、206Pb/238U比(縦軸)が、どのように時間変化をするかを表したコンコーディアと呼ばれるものです。先に述べたように、リン酸塩鉱物が結晶化する時に「ウランを取り込み易く、鉛を取り込みにくい」という性質があるため、結晶化した時(時刻=0)は原点に位置し、時間と共に放射壊変が進むと進化曲線を右上へと移動して行きます。ここで、結晶化後30億年(図中の3Ga点)に2次的イベントが起こり、U-Pb系が乱されたとしましょう。「リン酸塩鉱物は鉛を取り込みにくい」という性質から、熱変成を強く受ける程、鉛は鉱物から逃げて行きます。従って、鉱物毎の変成度の度合いによって、分析データは3Ga点から原点に向かって、直線上にQ1, Q2, Q3とばらつき、完全にリセットされると原点に戻ります。更にその後10億年経つと、変成を受けなかった3Ga点は40億年を示す4Ga点へ、完全にリセットされてしまった鉱物は10億年を示す1Ga点へと進化曲線上を移動します。そして、中途半端に変成を受けたQ1,Q2,Q3の点は、4Ga点と1Ga点を結んだ直線上の点(●)に並ぶ事が予想されます。この特徴を利用して、分析で得られた2種類のPb/U比をコンコーディア図にプロットし、直線状にばらつく場合には、進化曲線と回帰直線の交点から結晶化年代と変成年代(この場合、40億年と10億年)を導出する事ができます。

約10μmに絞った酸素イオンビームを用いて、鉱物レベルで年代情報を導き出す我々の分析手法は、「海」起源と「高地」起源の砕屑物の混合のような複雑な組織を持つ月試料の年代学的議論を可能にしました。筆者等はこれまで、約10ヶの「海」起源月隕石のU-Pb年代分析を行い、未探査領域の火成活動の絶対年代を明らかにしてきました。まだサンプル数が少ないものの、月隕石が示す「海」の火成活動は概ね29~39億年の年代を示し、アポロ計画やルナ計画の着陸地点の年代と調和的な結果となりました。このことから、ウサギの姿に見える黒いシルエットは、おおよそ39億年前から29億年前までの約10億年間の間に形成されたと考えられます。このことは、単位面積当たりのクレーター数の密度分布を比較し、地質ユニットの相対年代を議論する「クレーター年代学」の結果とも整合的です(隕石等の物体が月面に均等に衝突すると仮定すると、古くにできた領域は、新しくにできた領域よりも、隕石物質に曝される時間が長いため、単位面積当たりのクレーターの数が多くなります)。

図5: 隕石(ミュンスター惑星学研究所提供)
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ところが筆者等は最近、カラハリ砂漠で発見されたボツワナ産月隕石Kalahari 009隕石中に43.5億年前の火成活動の痕跡を発見しました。この結果は、これまでアポロ・ルナ月試料の放射年代分析やリモートセンシング観測によるクレーター年代などから知られていた月の火成活動時期である29~39億年を約4億年も遡るもので、月形成直後の数億年内(つまり従来の説では高地の形成時期)に「海」を形成する火成活動が既に始まっていたこと、を示唆します。さらに興味深いことは、このKalahari009隕石は、これまでに見つかっている「海」起源の玄武岩やリモートセンシングで観測されている"見えている"「海」のThやKREEPの元素濃度よりも1~2桁低いことです。これまで、玄武岩がKREEP成分を多く含む理由として、(1)月のマグマオーシャンの最終固化物質であるKREEP層が地殻直下に44億年前頃には形成し、その後、より深部に起源を持つ玄武岩マグマが噴出する際にKREEP層を横切る為にKREEP物質で汚染される、(2)高濃度のKREEP成分こそが玄武岩マグマの熱源である、という説が提唱されてきました。しかし、カラハリ隕石の非常に低いKREEPやTh濃度は、KREEP層が月全球規模で発達していなかった可能性や、KREEP成分を熱源としない玄武岩マグマの生成過程、を示唆する結果であり、従来の「月の進化モデル」の再考を迫る重要な知見となりました。また最古の形成年代にも関わらず、宇宙線照射年代が極めて短いこと(約200年)、クレーターの密度分布年代学やリモートセンシング観測による月全球の化学組成マップと照らし合わすと、現在の月面には同隕石と関連づけられる「海」の領域が存在しないこと、などから、カラハリ隕石は、厚いレゴリスに覆われている知られざる太古の「海(cryptomare)」から、隕石衝突により掘り起こされ、地球に飛来した隕石であると考えられます(Terada et al. Nature 2007年12月6日号)。地上からの観測やリモート観測から、反射率の高い白っぽい領域(高地起源の砕屑物の多い領域)にできたクレーターの周辺に、下層の黒い物質(玄武岩マグマ?)が掘り起こされ、まき散らされた特徴(ダークハロークレーター)を示すものが存在することから提唱された「Cryptomare(埋もれた海)の存在」というパラダイムを、同位体地球化学的に実証する発見となりました。

この隕石は、これまで発見された月隕石の中で最も大きく13.5kgもあるため、世界中の研究者が手にして研究することが可能です。これまでベールに包まれてきた、地球-月システムの初期進化プロセスを解明する「ロゼッタストーン」になると期待されます。

今後の展望

太陽系46億年の歴史において、天体と天体の衝突による惑星物質の角礫化は、月面に限らず、普遍的かつ頻繁に起こっていた天体現象と考えられています。実際、地球に飛来する隕石の多くは角礫化した複雑な鉱物組織をしめしています。我々が開発した鉱物レベルの年代分析というユニークな分析技術を、これまで年代測定が困難であった角礫岩質隕石に応用することにより、これまでベールに包まれてきた惑星物質の複雑な進化過程を一つ一つ紐解き、「新しい太陽系年代学」を拓きたいと考えています。

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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2020年3月までに、学術研究助成796件、高等学校への助成102件を実施しました。