公益財団法人 藤原ナチュラルヒストリー振興財団 | Fujiwara Natural History Foundation

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ツノアブラムシのゴール、社会性、生活環 2011.02.19

著者: 黒須 詩子 (中央大学経済学部)

昆虫が、産卵したり、摂食したりする刺激で植物組織を自らに都合良く変形させてつくる「巣」のような構造を、ゴール(虫えい、虫こぶ)といいます。私は、博士論文の研究対象として、エゴノネコアシアブラムシCeratovacuna nekoashiを選び、そのゴール形成のプロセスや、社会性の進化について調べました。研究の基礎となるヒラタアブラムシ亜科Hormaphidinaeツノアブラムシ族Cerataphidini(エゴノネコアシアブラムシを含むグループ)の分類について勉強する段階で、このグループは熱帯域を含む東南アジアにおよそ70種が分布し、多くが常緑のエゴノキ属にゴールを作るということを知り、ぜひ、実際に調査してみたいものと考えていました。19世紀末から20世紀前半の文献の挿絵にあるインドネシアやマレーシアのゴールは、希に見る奇妙な形をしたものばかりです。私は、無給の研究員を続けていましたが、幸運にも、藤原ナチュラルヒストリー振興財団から研究費を2度にわたって頂く機会に恵まれ、ツノアブラムシ族のゴールを実際に観察し、その仲間について抱いていた曖昧模糊としたイメージを、現実のものとして把握する機会を得ることができました。女性である私に、A. ウォレスのような探検家のまねごとなどはできませんが、それでも、何回かの東南アジアへの旅は、すばらしい体験で、冒険心を満足させてくれるのに十分でした。

1) エゴノネコアシ

図1: エゴノネコアシアブラムシのゴール。
Reproduced from [5]
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エゴノネコアシアブラムシは、関東の雑木林や山地に普通に見られ、初夏にエゴノキStyrax japonicusに可愛らしい、花が開いたような形のゴール、エゴノネコアシ(図1)を作ります。「ネコアシ」という名前は、ゴールが猫の足先に似ることに由来します。複数の房室(これをサブゴールと呼びます)が集まったものが一個のゴールで、たった一個体の「幹母」という世代のアブラムシによって作られます。そして、単為生殖によって雌ばかりがサブゴールの中で繁殖していきます。花に似た形のゴールは、どうやらアブラムシがエゴノキの花芽形成に関わる遺伝子システムを操作することによってできるらしいのですが、この話はまた別の機会にしたいと思います。

2) 寄主転換と分類

ツノアブラムシは、寄主転換という面倒なことをします。ゴールが成熟すると、翅の生えた個体(有翅虫)が出現して、1次寄主のエゴノキ属(木本)からタケ、イネ科草本、ヤシ科植物などの2次寄主に移住します。エゴノネコアシアブラムシの場合、2次寄主はアシボソというイネ科草本です。2次寄主上では、単為生殖により仔虫が産まれ、葉裏などに露出したコロニーができます。ほとんどの種の2次寄主世代は、頭に1対のツノをはやしていて、「ツノアブラムシ」の名は、ここに由来しています。2次寄主上のコロニーからもやがて有翅虫が現れて、再び1次寄主のエゴノキ属に飛んでいきます。この有翅虫は、産性虫と呼ばれ、腹の中にオス・メス(有性世代)の胚を持っています。その有翅虫が、1次寄主上でオス・メスを生み、そこで初めて有性生殖、すなわち遺伝子の混ぜ合わせが起こります。こうしてできた受精卵から孵化したのが幹母といわれるゴールを誘導する世代です。1次寄主上のアブラムシと、2次寄主上のアブラムシの形態差は著しく、頭部のツノのほか、全体のプロポーション、ワックスプレート(表皮に見られるロウ物質を分泌する特色ある腺構造)の配列など、たくさん相違点があります。このため、たとえ同種であっても、別種、ときには別属として記載されていたものがあり、これが、ツノアブラムシの分類を難しくしています。

3) 社会性

アブラムシが社会性昆虫の仲間入りを果たしてから、既に30年以上がたちました。ツノアブラムシのゴールは、アリやシロアリの巣に対応するものと考えれば良いでしょう。ゴールの中で生産される2齢の兵隊は利他個体で、通常、脱皮・成長はしません。兵隊の役目は、ゴールを守ること、清掃をすることなどです。ゴールは、外敵、ことに蛾の幼虫にねらわれやすく、兵隊は、そのような外敵に組み付いて、口器で突き刺し、毒液を注入して撃退しようとします。同種の侵入者もときには攻撃の対象になります。また、頭に生えたブラシのような剛毛をつかって、排泄物である甘露や脱皮殻をゴールの外に押し出します。こうすることで、ゴール内の限られた空間を有効に使うことができます。

4) 研究の主軸

図2: ネッタイタケツノアブラムシPseudoregma carolinensisのゴール(a)とタケの稈に形成された2次寄主世代のコロニー(b)。
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博士論文を書き終えてから、十数年間、ゴール世代と2次寄主世代の対応を一致させるという、分類学的な研究を基盤に据え、ゴール内でのコロニーサイズはどの程度まで大きくなるのか、ゴールは最長どのくらいの期間続くのか、アブラムシの社会性はどのレベルまで到達しているか、を念頭に置きながら、調査旅行に出かけては、データを収集しました。その結果、台湾やスマトラ、タイの種を含む10種以上のツノアブラムシについて、世代間の対応を一致させることができました。例えば、図2は、タイのネッタイタケツノアブラムシPseudoregma carolinensisという種です。タケ上の2次寄主世代(b)はよく知られたアブラムシですが、1次寄主世代は未発見でした。私たちは、シャムアンソクコウノキStyrax benzoides上のゴール(a)を初めて見つけ、この種の1次寄主世代であることをあきらかにしました。

5) 巨大な頭の兵隊、ゴール内での有性生殖と産卵

図3: Astegopteryx spinocephalaのゴール。
Reproduced from [2] (page 87, Figure 1), with kind permission from Springer Science+Business Media B.V.
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1998年から、チェンマイ大学のSawai Buranapanichpan博士が研究に参加してくださって、タイ北部で調査をすることができました。タイ北部には、シャムアンソクコウノキに、エゴアブラ属Astegopteryxの複数種が互いによく似たゴールを形成します。その中でも、チェンマイ近郊に見られる、極めて奇妙な習性を持つエゴアブラムシの1種を紹介したいと思います。Astegopteryx spinocephalaという名で私たちが記載したこのエゴアブラムシの2齢幼虫の兵隊は、アンバランスな、といえるほど、突出した巨大な頭部を持ち、そこに、まるでスパイクを打ち付けたように剛毛を生やしています(図4・5)。多くのツノアブラムシと違って、この種は寄主転換をしません(図10を参照)。ゴールの中で生産される有翅虫は、オス・メスを産む産性虫で、シャムアンソクコウノキだけで生活環を完了させます。この生活環は、前述した寄主転換を行うタイプの省略版で、このように1次寄主だけで生活環を完了させるアブラムシのゴールは、遺伝子が毎回ゴール形成能のテストをかいくぐっているためか、たくさん見られます。実際、調査地のシャムアンソクコウノキには、おびただしい数のゴールができていました。エゴノネコアシに似た、複数のサブゴールを持つ花型のゴールです(図3)。この細いサブゴールの先端には、直径1ミリにも満たない小孔が一つだけ空いています。小孔をルーペで観察すると、なにやら栓のようなもので塞がれているのですが、それが、生きた兵隊の頭だとわかったときにはびっくりして、思わず「あれっ!!」と声にしてしまいました(図6a)。これらの「門番」は、6匹ないし7匹が固まって、しっかり入り口を塞いでいます(図5)。サブゴールを指でたたいたりして刺激すると、兵隊が中から次々にとび出してゴール表面をパトロールします(図6b)。こうして、捕食者の侵入からゴールを守っているのですが、兵隊がゴールを出てから時間が経過すると、再び中に戻るのが難しいほどガードが厳しくなります。一度外に出てしまった兵隊は、中で守りについた別の兵隊とかなり激しい突き合いをした後、ようやくゴールに入れてもらえるようでした。棘だらけの頭で突かれると、痛そうですね。兵隊は、この頭を使って、先ほど述べたゴミ出しもします。この「頭栓」は、アリ学の大御所のE. O. ウィルソンが紹介した挿絵で有名な、巨大な頭で巣口をふさぐ 兵アリの「生きたドア」の例と見事に収斂していますが、社会性アブラムシでは、初めての事例です。

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図4: Astegopteryx spinocephalaの兵隊の頭部(SEM)。スケールバーは50μm。
Reproduced from [2] (page 88, Figure 3), with kind permission from Springer Science+Business Media B.V.
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図5: 小孔を頭で塞ぐAstegopteryx spinocephalaの兵隊(サブゴールの断面図)。
Reproduced from [2] (page 88, Figure 4), with kind permission from Springer Science+Business Media B.V.
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図6: 正面からみたAstegopteryx spinocephalaのサブゴールの入口。(a) 兵隊の頭によって塞がれている状態、(b) 兵隊が飛び出した直後の小孔。
Reproduced from [2] (page 87, Figure 2), with kind permission from Springer Science+Business Media B.V.
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大きい頭の謎は、すんなりと解けました。しかし、もう一つ奇妙なことがありました。3月の下旬から4月の初め、乾ききったタイの調査地を訪れると、ゴールの中には、オス・メスが見られ、そこで繁殖しているらしく、多数の卵も生まれているのです(図7)。これは、兵隊が卵保護をするという初めての事例であるとともに、少々難問でもありました。有性世代にとって、ゴール内で繁殖し、卵が孵化するまで兵隊に守ってもらう以上に、安全なことはありません。しかし、彼らはどうやってゴールにはいるのでしょう。はじめから、有翅虫がゴール内で産んだのでしょうか。有翅虫が実際に飛び出して行くのは見ていますから、有性世代は(ゴール以外の繁殖場所を持つのでない限り)外からゴールの中に入ってくるとしか、考えられません。産性虫の腹の中で、オス・メスの胚は斉一に成熟していて、産み出されたものは仔虫の形をしており(幼体型)、摂食もせず、メスは一個しか卵を生みません。体長0.5ミリほどの有性世代を、面相筆を使ってゴール上においてやると、小孔の周りの溝となった縦線をガイドラインのようになぞって入り口にたどり着くのを、何度も確認しました。しかし、兵隊は侵入を許しません。2003年は、時期が良かったのでしょう、偶然に自然状態で有性世代がゴールに侵入しようとしているところに出会いました(図8)。ゴール上でそのような7個体の有性世代を筆で集めて、標本として持ち帰り、あとでオス・メスの判定をしました。これらは、全てオスでした。2004年に同じような状況でゴール上にいた110個体を集めて性別を調べたところ、4個体を除いて全てオスでした。ここまでくれば、答えは出たも同然です。

図7: Astegopteryx spinocephalaのサブゴールの内部(アルコールに漬けたものを撮影)。多くの卵が産み付けられている。
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図8: サブゴール入り口から侵入を試みるオス(矢印)。兵隊にブロックされているために、なかなか入れない。
Reproduced from [4] (page 357, Figure 2), with kind permission from Springer Science+Business Media B.V.
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図9: 隔離した産性虫が産んだ幼虫の性別(左列)と、産み残した胚の性別(右列)。
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2004年と2006年に、簡単な実験をしました。ゴールを分解し、若い有翅虫を取り出して1個体毎に細い管瓶に閉じこめ、最初に生み出した1~4個体の幼虫を隔離し、アルコール標本にします。合計100個体の有翅虫を使って実験しましたが、そのうち65個体が、幼虫を(全部ではなく)一部分だけ産んでくれました。そのうち60個体が産んだ幼虫は、メスばかりです。残り5個体の有翅虫は、オス・メスの両方を産みました。また、同じ65個体の残存胚(おなかの中に残っていた胚子)を調べると、45個体は、オスの胚子を産み残し、残り20個体の有翅虫は、オス・メス両方を産み残していました(図9)。

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図10: Astegopteryx spinocephalaの生活環の模式図。(a) サブゴール17個からなるゴール、(b) 産性虫はサブゴールのなかでメスを産んでから飛び出し、(c) シャムアンソクコウノキの葉裏でオスを産む。(d) オスは、ゴールに潜り込む。
Reproduced from [4] (page 357, Figure 1), with kind permission from Springer Science+Business Media B.V.
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ゴールを1個毎にプラスチック・ケースに入れておき、中から這い出してきた総計1,187個体の有翅虫のおなかを解剖して調べたところ、総計3,408個の胚子のうち、メスは1%以下(33個)でした。ところがゴール内に残存していた、羽化したての有翅虫1,032個体が持っていた5,883個の胚のうち、メスの割合は39%(2,282個)でした。どういうことなのでしょうか。

有翅虫が採用している産み分けのルールは単純で、「ゴール内で先にメスだけ産み、オスの胚を持ったまま飛び出す」だったのです(図10)。このようなやり方でオス・メスの産み分けをしている例は、アブラムシでは初めてです。ゴール内では一部のオスが産み出されていると考えられますが、基本的に外交配outbreedingが保障されていることになります。しかし、たまには、メスも産性虫が外に運ばないと分布を広げられず、同じ木にばかりゴールができることになってしまいます。この点はよくわかっていません。

オスは兵隊のガードを破って、ゴール内に入れるのでしょうか? 私たちが野外で作業中に、不注意にゴールに触れ兵隊が飛び出し入り口のガードが甘くなったすきをついて、オスがすばやく入り込むのを観察しました。兵隊は、オスにハラスメントともいえるようなことをして、「粘り強い」オスを、メスのかわりに選んでいるのかもしれません。

すっきりと謎が解けた時は、それがささやかな問題でも、研究を続けていてよかったという気がします。このエゴアブラムシの仲間については、まだわからないことが多く、今後も力の続く限り研究を続けていきたいと思っています。

謝辞

研究助成金をいただきましたが、そのことにより、チャンスをつかみ、研究する自由を得ることができました。心より財団にお礼申し上げます。

参考文献

公益財団法人 藤原ナチュラルヒストリー振興財団

〒153-0051
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中目黒アトラスタワー313
TEL
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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2024年3月までに、学術研究助成883件、高等学校への助成127件を実施しました。