公益財団法人藤原ナチュラルヒストリー財団第5回シンポジウム「暗黒の自然史」感想 2013.12.27
トンネルなどに突然入るとなぜか声をあげたくなる。実際私の経験では周囲の目を気にする場合を除いてそうすることが多い。普段の生活で人間が頼りにする五感のうち、野外での行動では視覚に頼ることが多いと思われる。それが急に制限されると、自分の位置認識のための手段として音が重要になり、自分で声を出していわばエコーロケーションのようなことを行なうのではないかと勝手に納得している。生物にとっての暗黒は様々な生理的、生態的影響をもたらし、進化的な選択要因にさえなって、独特の形態や機能が出現するきっかけとなっている。暗黒にまつわる興味や研究対象は自然界に無数に求めることができるので、今回の4つの話題は、それらを通じて暗黒を自然史的にとらえることの奥深さに私たちを導いてくれる機会に過ぎない。それでも参加者は、それぞれ「暗黒」を堪能し、様々に想いや発想をめぐらせることができたと信ずる。このような未知の解明をひたすら目指すヒトの情熱と知的好奇心の充足が自然史研究の醍醐味であって、研究の価値や経済効果を斟酌するのは筋違いと言わねばならない。
樋口広芳氏の「鳥の渡りを探る」は、季節や種によって異なる鳥の渡りの近代的技術を駆使した解析成果の紹介から、暗夜飛び続けたりする際の方向定位がどのようになされるのかをわかりやすく説明してくださった。いわゆる「鳥目」というのはないのだという「目からうろこ」の事実も参加者の質問から明らかになった。渡りは世界各地の生態系を結ぶ独特の現象で、だからこそ地域の生態系保全が重要なのだというメッセージもあった。
川田伸一郎氏による「地下世界の小哺乳類、モグラを追って」では、暗黒世界の定番ともいえるモグラだけれども、生活史もまだよくわからず、研究者も少ないという現実が明らかになった。暗黒に対する適応の生理的、形態的背景が語られるのかと思いきや、それ以前に種の把握すら不十分なのだという。分類学者としての地道な研究過程を通じて、知っているようで何も知らないモグラ観が大きく改良された。モグラの死体は肉食動物がかじるのになぜか食べられてはいないというのは、モグラが不味いからなのだろうか。
コケの専門家である樋口正信氏は、コケ植物とは何かという導入から「暗闇に光るヒカリゴケ」について、小説「ヒカリゴケ」の記述も引用しながら種の分布、生態、肝心の光る理由についてわかりやすく解説された。生物発光はよく紹介されるが、電球のような形の細胞が集光した光を反射する仕組みや、コケ本体ではなく原糸体が光るということも参加者には面白かったのではないだろうか。
和辻智郎氏の「暗黒が生み出した究極の深海動物の自然史」は夏に50万人の入場者を記録した「深海の不思議展」を連想させ、参加者も特に興味深かったのではないだろうか。熱水噴出孔周辺の化学合成バクテリアを基盤とした深海生態系は近年良く知られるようになったが、地域ごとに異なる生物がどのようにバクテリアを利用して生活しているのかを研究する際の苦労や工夫は、高校生にも強い刺激になったはずである。ゴエモンコシオレエビの液浸標本に生徒が群がった様子は、自然史研究の原点そのものであった。
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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2024年3月までに、学術研究助成883件、高等学校への助成127件を実施しました。