第9回シンポジウム「空の自然史」感想 2017.12.14
藤原ナチュラルヒストリー振興財団第9回シンポジウムは、「空の自然史」をテーマとして、11月19日(日)に例年通り国立科学博物館の日本館2階講堂で開催された。104名の参加者があり、そのうち約半数は高校生であった。
「空」がテーマということで、鳥に興味をお持ちの方も多かったようだが、4つの講演を聞かれ、どの分野もとても新鮮で「空」により興味を持った、もっと深く学びたいというご感想を多くいただいた。
上段左: 武田康男 氏 右: 大河内博 氏 下段左: 尾崎清明 氏 右: 大村嘉人 氏
【レポート】松浦啓一 (国立科学博物館名誉研究員・財団理事)
藤原ナチュラルヒストリー振興財団は2009年から国立科学博物館との共催によって、自然史に関するシンポジウムを毎年、同館の日本館講堂(上野公園内)で開催してきた。9回目となる今年のシンポジウムのタイトルは「空の自然史」であった。「空の自然史」というタイトルを聞いただけでは、内容を想像しにくい。どのようなシンポジウムになるのか、少々心配しながら会場に着いたのであるが、4人の演者による講演はどれも興味深い内容で、心配は無用であった。シンポジウムには104人の参加者があり、大きな成功を収めた。
最初の講演は気象予報士の武田康男さんによる「空という環境」であった。武田さんは空を撮影した多数の、そしてとても美しい写真(動画を含む)を駆使して聴衆を魅了した。最初は宇宙(星空)の話から始まり、すこしずつ高さを下げて、成層圏、対流圏の順に空で見られる様々な現象を分かりやすく話してくれた。彗星がもたらす微小な粒子が地上まで届いていること、そして、その微粒子を簡単に観察できるという話には驚いた人が多かったようである。また、オーロラや落雷の様子、富士山の笠雲や吊し雲の動画などは迫力満点であった。南極のオゾンホールがなぜ形成されるのか、また、南極の雪の結晶は他の地域の結晶と大いに異なることなどを写真で示し、南極が地球上で特別な場所であることを再認識させてくれた。
2番目は早稲田大学の大河内博さんによる「都市・山・森の空を化学する」という講演であった。大河内さんは空気中にどのような化学物質が含まれているか、そして化学物質の働きによってどのような現象が起こっているかを話してくれた。富士山の山頂で地道な観測を続けている様子や、その観測によって日本の大気にどのような物質がどこから運ばれてくるかが分かることを解説してくれた。黄砂やPM2.5が中国から運ばれている様子を示す画像やデータを見ると、大気をきれいに保つためには、地球規模の活動が必要であることがよく分かった。また、森林の中に入ると気持ちよく感じるが、なぜ、そのように感じるかについて、森林内の空気中の化学成分の解析を用いて解き明かしてくれた。
3番目の演者は地衣類の専門家である国立科学博物館の大村嘉人さんであった。大村さんは「空から地上へ降り注ぐ地衣類の散布体」と題する講演を行い、空気中に地衣類の微小な散布体が漂っていることを画像やデータによって明瞭に示してくれた。空気中に漂う散布体の捕捉方法としては、飛行機を飛ばして採集する方法があるが、多くの経費を要するため、実施するのは難しいという。大村さんが採用した方法は雪を使うことであった。空気中を落下する雪はゆっくりと降下してくる。そして、雪の粒の表面積が大きいため、地衣類の散布体は雪に捕捉される。ただし、降り始めの雪を採集すると、そこには地上付近から巻き上げられた微粒子が含まれるため、少し時間が経過してから雪を採集する必要があるとのことであった。地衣類は地表や樹木の表面などに生育するが、散布体が空を介して遠く離れた地域へ分布を広げているとは驚きであった。
4番目の講演は「空を使う鳥、使わない鳥」というタイトルで、山階鳥類研究所の尾崎清明さんによって行われた。鳥が空を飛ぶ様子は日常的に目にする光景である。しかし、1万1千キロを飛行するオオソリハシシギや10ヶ月も無着陸飛行を続けるアマツバメの飛行はふだん目にするカラスやスズメの飛行とは桁違いである。また、グンカンドリは飛びながら短時間ではあるが熟睡するという。さらに、大型の海鳥として有名なアホウドリは5年間に少なくとも46万キロを飛行し、北太平洋のほぼ全域を利用しているという。鳥類の大飛行は距離においても、飛んでいる地域においても我々の想像をはるかに超えている。一方、アネハヅルはエベレストの頂を越えて、高度8千メートルの飛行を行い、獲物を襲うハヤブサの飛行速度は時速400キロを超えるという。鳥類の飛行の不思議を堪能させてくれた講演であった。
なお、シンポジウムが終了した後に、高校生のポスター研究発表の審査結果の発表があり、最優秀賞1件と優秀賞2件の表彰が行われた。
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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2024年3月までに、学術研究助成883件、高等学校への助成127件を実施しました。