第10回シンポジウム「海洋島の自然史」感想 2018.12.14
藤原ナチュラルヒストリー振興財団第10回シンポジウムは、「海洋島の自然史」をテーマとして、11月18日(日)に例年通り国立科学博物館の日本館2階講堂で開催された。今年度は161名の参加者があり、そのうち半数近くが高校生であった。
「海洋島」がテーマということで、主に小笠原諸島とガラパゴスに関して4人の演者による講演があったが、聴衆の方々からは「1つのテーマを色々な分野・角度からの話しが聴けて大変面白かった」、「これからもっと知識を広げていきたい」というご感想等をいただいた。
上段左: 松原 聰 氏 右: 川上和人 氏 下段左: 伊藤元己 氏 右: 奥野玉紀 氏
【レポート】光明義文 (東京大学出版会編集部・財団評議員)
藤原ナチュラルヒストリー振興財団の第10回シンポジウム「海洋島の自然史」が11月18日(日)に国立科学博物館で開催された.今回のテーマは小笠原諸島やガラパゴス諸島などの海洋島をフィールドにしたナチュラルヒストリーである.それぞれの講演の詳細については財団のHPをご参照いただくとして,ここではそのなかの2つの講演について,少し個人的なエピソードを交えながら紹介させていただきたい.
小笠原諸島が世界自然遺産に登録されるよりはるか昔のことであるが,大学の研究室の先輩が,父島にある海洋センターをベースにしてアオウミガメの研究をしていたので,その手伝いとして,父島にしばらく滞在したことがある.そのとき初めて訪れた小笠原の自然は,ほんとうにすばらしかった.
その小笠原で鳥類の研究をされているのが,今回の講演者のひとりである森林総合研究所の川上和人先生である.講演のタイトルは「鳥から見た小笠原諸島の生態系」である.川上先生によると,小笠原には鳥類ではかつて4種の固有種が生息していたが,そのうち3種はすでに絶滅してしまい,ただ1種残ったのがメグロらしい.小笠原にはヒトがネコを持ち込むまで,鳥類の捕食者はいなかったようだ.そのため陸鳥も海鳥もおそらく安心して生活できただろう.そのような環境の小笠原では,海洋島に固有の進化――たとえばガラパゴス諸島のダーウィンフィンチで知られる嘴の形態――をメグロで観察することができる可能性があるそうだ.「島の生物学」の対象としても,小笠原の鳥類はたいへん魅力的なのだ.
川上先生には鳥類をテーマにした著書がいくつかあり,いずれもよく売れているようだ.今回の講演はとてもわかりやすく,参加者は「川上ワールド」にどんどん引き込まれていくようだった.この能力が書籍にも十分に発揮され,その結果,多くの読者に読まれているのだということがよくわかった.
もう1つの講演はNPO法人日本ガラパゴスの会の奥野玉紀先生による「ガラパゴス――その特異性と普遍性」である.ガラパゴス諸島といえば,マダガスカルとともに,生きものに興味がある人たちにとってはまさにあこがれのフィールドである.奥野先生はそのガラパゴスと日本の架け橋として,アクティブに活動をされている方である.ガラパゴスでは厳重な管理のもとにエコツアーが行われているが,1年間に入れる人数に制限があるため,訪れるためにはそれなりの手続きと時間が必要である.奥野先生の講演は,それでもぜひガラパゴスへ行ってみたいと思わせるほど興味深いものであった.ゾウガメ,イグアナ,アシカなどのガラパゴス固有の動物たちをはじめ,たくさんのすばらしい写真とともに展開される講演からは,ガラパゴスに賭ける奥野先生の熱い想いがストレートに伝わってきた.日本では少子化が大きな問題になっているが,ガラパゴスには子どもたちがたくさんいるそうだ.キラキラと目を輝かせながらガラパゴスについて学ぶ子どもたちの写真には,ガラパゴスの明るい未来を感じさせるものがあった.
ガラパゴスと小笠原の間では,さまざまな協働プロジェクトが進行しているようで, ガラパゴスから小笠原へ,そして小笠原からガラパゴスへ,人々の交流があるそうだ.そのような交流風景の写真のなかの1枚に,よく知った顔があった.それは拙文の最初でふれた研究室の先輩である堀越和夫さんだった.彼は現在,小笠原自然文化研究所の理事長を務めていて,昨年の11月にガラパゴスを訪問したらしい.今年の3月に札幌で開催された日本生態学会大会で久しぶりに彼に会ったとき,とてもうれしそうに「ガラパゴスへ行ってきた!」と話していたのはそのときのことだったのだ.
今回のシンポジウムに参加して,小笠原やガラパゴスの自然とそこに暮らす人々や生きものたちがいつまでも元気でいてほしいとあらためて強く感じた.
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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2024年3月までに、学術研究助成883件、高等学校への助成127件を実施しました。