第12回シンポジウム「音の自然史」(オンライン)感想 2020.11.25
藤原ナチュラルヒストリー振興財団第12回シンポジウムは、「音の自然史」をテーマとして、11月8日(日)にオンライン開催された。
例年は国立科学博物館の日本館2階講堂で開催していたが、新型コロナウィルスの感染拡大防止の観点から、今回はオンラインで開催となった。
参加申し込みは236名で、実際の参加者は175名以上であった。オンライン開催のため、東京及びその近県以外からの参加も多く、その中には中学生や高校生の参加もあった。また、海外からの参加もあった。
「音」をテーマとして、昆虫、鯨類、鳥、そしてカイミジンコの感覚器官に関する講演が4人の演者により行われた。各講演の後の質問時間の他にも、全講演終了後に、さらなる質問に対する講師からの回答や、講師相互の質問等も行うことができた。
例年のような聴衆と講師とのシンポジウム後の歓談や質問の姿を見ることはできなかったが、聴衆・講師双方より「大変良い経験となった」「学ぶことの楽しさを改めて感じた」「地方在住で、今まで興味があっても参加できなかったため、大変うれしかった。」というご感想等をいただいた。
財団として初めてのオンラインでのシンポジウム開催であったが、大きなトラブルも無く閉会できた。今後もオンラインでのシンポジウムを望む声もあり、アンケート内容も精査し、今後のシンポジウムの開催方法等を検討していきたい。
上段左: 高梨琢磨 氏 右: 田島木綿子 氏 下段左: 濱尾章二 氏 右: 田中隼人 氏
【レポート】松浦啓一 (国立科学博物館名誉研究員・財団理事)
藤原ナチュラルヒストリー振興財団は2009年から国立科学博物館との共催によって、自然史に関するシンポジウムを毎年、同館の日本館講堂(上野公園内)で開催してきた。
12回目となる今年のシンポジウム「音の自然史」は、新型コロナ禍のため従来の方式による開催ができなくなった。そのため、オンラインを利用したWEBシンポジウムを開催した。
初めての試みであったが、幸いなことに混乱もなく終了した。しかも、参加者数は過去のどの東京でのシンポジウムよりも多くなり、175名となった。
また、WEBシンポジウムには良い点があることも明らかになった。パソコンやタブレット端末、スマホさえあれば、遠隔地の人でも容易に参加できるし、演者のパワーポイント・スライドを手元で見ることができる。質問もオンラインで送ることができるため、従来のシンポジウムよりも便利な点があることが実感できた。今回のWEBシンポジウムは成功裡に終了したと言ってよいであろう。
最初の発表は高梨琢磨さん(森林総合研究所)の「昆虫の音と振動の世界」であった。コオロギやセミなどの昆虫が音を出すことはよく知られている。音は空気中を伝わる波であり、多くの昆虫は音を出してコミュニケーションをしている。多くの人は「音」と「昆虫」という言葉を聞けば、「鳴く虫」を思い浮かべる。しかし、高梨さんは豊富なデータを用いて、昆虫が別の波、すなわち固体の「震動」も利用していることを分かりやすく示した。たとえば、カメムシの卵塊は同時にふ化するが、その仕組みを可能にしているのは「震動」である。カメムシの1個の卵がふ化する(割れる)と「震動」が発生し、それを別の多くの卵が感知して一斉にふ化する。こうすることによって、ふ化した幼虫による卵の共食いが減少する。松の害虫であるマツノマダラカミキリは肢に震動を感じる器官をもっている。この知見に基づいて、低周波の震動を発生させる装置を松の木に付けることによって、マツノマダラカミキリの行動を抑制したとのことであった。他の有害昆虫についても震動を利用すれば、農薬を使わない害虫防除法を開発できる。基礎研究が応用研究に繋がることを示した素晴らしい発表だった。
2番目は田島木綿子さん(国立科学博物館)による「鯨類の音にまつわるお話し」という講演であった。田島さんは鯨類の祖先が陸上から海に戻ったときに、空気中の音を聞く生活から、水中生活に適応した「音」の世界を開発したことから話を始めて、鯨類の不思議なコミュニケーション方法を解説した。鯨類は超音波を駆使したエコロケーションや数千キロ離れた所まで届く「ソング」など、様々な方法によって個体間でコミュニケーションを行っている。鯨類の頭部には音の発生に関わる「メロン」と呼ばれる不思議な器官があることや、ヒゲ鯨類と歯鯨類が発生させる音が異なることなど、興味深い話題を分かりやすいスライドを使って示してくれた。しかし、海中に生息する鯨類の「音」の世界には「ソング」の詳細など、解明されていない事が数多く残されている。陸上にすむ我々の想像を超える不思議な世界を感じる興味深い講演であった。
3番目の演者は濱尾章二さん(国立科学博物館)であった。濱尾さんは「オスが生み出す鳥の音の世界」と題する講演を行い、鳥がどのような方法で音を出すかという話から始めて、鳥が出す音にはどのような意味があるかについて、録音や動画を使って発表した。キツツキが樹木をくちばしで高速で叩くドラミングやエリマキライチョウが羽根をばたつかせて大きな音を出す様子は大変興味深いものだった。そして、鳥のオスのさえずりを録音、動画、およびソノグラムを用いて示し、オスが繁殖成功(自分の遺伝子をもった多くの次世代を残す)のためにさえずりを用いていることを詳しく、そして分かりやすく解説した。我々は鳥のさえずりを聞くと、季節の変化を感じたり、野趣を感じたりして、感情移入しがちであるが、鳥のオスのさえずりは繁殖成功のためのものである。鳥のさえずりを心地よく感じることと鳥の行動の目的や役割は別の事柄であることに注意する必要がある。
4番目の講演は「微小動物カイミジンコの感覚器官とその役割」というタイトルで、田中隼人さん(葛西臨海水族園)によって行われた。カイミジンコは体長1ミリにもならない小さな甲殻類であり、浜辺の砂の中など間隙環境と呼ばれている所にすんでいる。カイミジンコは殻に包まれていて、殻の表面には多数の微小な孔(感覚孔)があり、孔からとても小さな感覚毛が生えている。間隙環境という暗黒の世界で生きているカイミジンコがどのように周囲の情報を感覚毛で得ているかという講演はまことに興味深いものであった。さらに、殻にある多数の感覚孔の分布パターンがカイミジンコの分類や系統関係の研究にとって重要な形質になっているとのことであった。
【レポート】矢島道子 (日本大学文理学部非常勤講師・財団理事)
藤原ナチュラルヒストリー振興財団第12回シンポジウムは「音の自然史」をテーマとして、2020年11月8日(日) にオンラインで開催された。
事前登録では250名ほどの申し込みがあり、実際には175名の聴講者を迎えることができた。
例年は午前中に高校生のナチュラルヒストリー研究のポスター発表会を開催し、発表を終えた高校生がシンポジウムに多く出席していた。今年は新型コロナウィルスの感染で、残念ながら高校生の発表会を開催する事はできなかった。それでもオンラインでのシンポジウム参加申込には多くの高校生が含まれていたと聞いている。
昨年のテーマは「光の自然史」でしたが、今年は「音の自然史」というテーマで行われた。音がテーマということで残念ながら植物に関係する講演はなかったが、化石の話題も提供され、「音の自然史」は興味深い講演となった。
4人の演者と講演内容は下記の通りでした。
高梨 琢磨 (森林総合研究所)「昆虫の音と振動の世界」
田島 木綿子 (国立科学博物館)「鯨類の音にまつわるお話」
濱尾 章二 (国立科学博物館)「オスが生み出す鳥の音の世界」
田中 隼人 (葛西臨海水族園)「微小動物カイミジンコの感覚器官とその役割」
高梨さんの講演では、昆虫は音のほかに振動も使うことを紹介され、オスがメスにささやくコオロギの例、クサギカメムシの一斉孵化をもたらす振動の例を話された。気門から排出される空気の振動を利用したガの幼虫の「鳴き声」も面白かった。音や振動はこうして、昆虫の生活に有利に働いているが、それを逆に利用した害虫の排除の研究もあり、生物音響学という学問にまでなっている。
田島さんの講演では、音の話の前に、鯨類の分類学や解剖学上の話がたっぷりあった。なるほど、これらがきちんとしていないと音の研究にもならないのだと納得した。鯨が超音波で意思疎通をしていることは常識のようになっているが、実際はなかなか理解が難しい。ソングとコールの問題、エコロケーションの問題など多くが含まれている。
濱尾さんの講演では、鳥の鳴き声を解析するとかなり複雑であり、いろいろな「声紋」を示された。複雑な高低の音を出せるのは発生部の構造にも関係しているらしい。鳴くのはおもにオスであり、なわばりの主張だったり、つがいの選択のためだったりする。春のウグイスが、学習してうまくなるという話は巷間にあるが、実際はもうちょっと複雑のようである。
田中さんの講演は体長1㎜にもみたないカイミジンコの解剖学的特徴が中心となっていて、聴衆の興味をひいた。背甲に感覚毛の出る穴があり、それは化石でも観察できるので、カイミジンコが過去にどんな音(刺激)を聞いていただろうと想像することが出来る。海岸の砂の隙間(生物にとっては暗黒の環境)で生息する小さなオスのカイミジンコが、同じ種のメスをどう認識するかということは想像を超える話だった。
聴講者からの質問はオンラインで受け付けたためか、大変詳しい質問が多かった。聴講者の質の高さがうかがえた。プロの研究者たちにとっても、やはり、なぜだろう、どうなっているのだろうという疑問が研究のモチーフになる。ナチュラルヒストリーの大好きな人々がもっと増えて、おもしろい研究に進むことを心から願う。
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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2024年3月までに、学術研究助成883件、高等学校への助成127件を実施しました。