仙台シンポジウム「海と地球の自然史」 レポート 2021.11.22
2021年10月24日(日)に、仙台シンポジウムを開催いたしました。3名の財団理事等より寄稿されましたレポートを掲載いたします。
【レポート1】松浦 啓一 (国立科学博物館名誉研究員・財団理事)
藤原ナチュラルヒストリー振興財団は自然史を普及するため、東京以外の地域でシンポジウムを開催している。第1回は2016年に神戸市(兵庫県)で、第2回は2018年に札幌市(北海道)で開催した。そして、今年は財団設立40周年記念事業の一環として宮城県(仙台市)で「海と地球の自然史」と題したシンポジウムを行った。今回のシンポジウムはコロナ禍のため現地参加とオンライン参加のハイブリッド方式となった。私はオンラインで参加したが、自宅のPCで発表スライドを間近に見られたので理解しやすかった。遠隔地からオンライン参加した方も多かったに違いない。今後もオンライン方式を持続すると良いのではないかと感じた次第である。
最初の発表は原田尚美さん(海洋研究開発機構)による「北極域の海洋生物の現状と展望」であった。北極海は氷で覆われているが、地球温暖化のため海氷が縮小し、ホッキョクグマやアザラシの生息域が狭められている。原田さんのお話しによると、北極域の気温上昇は北半球の平均的な気温上昇の2倍の速さで進んでいるとのことであった。このような気温上昇によって海氷の消失はかなりの速度で進み、消失によって生態系が深刻な影響を受けている。海氷が減少すると、海中に渦が生じやすくなり、陸域から流れ込む栄養が北極海の陸から遠い部分に運ばれるようになり、さらに渦によって海洋深部から有機物が表層域に運ばれるようになり、北極域に特有の生態系に乱れが生じているというのである。
2番目は鈴木勝彦さん(海洋研究開発機構)による「広い海から限られた海底資源をどのように探すか」という講演であった。海洋の深海部にはマンガンなどの海底資源が存在することが知られている。しかしどのようにすれば、海底資源を効率的に探すことができるのだろうか。海底に金属が溜まれば、そこには電池が発生する。したがって、海底で電池を探せば資源を見つけることができる。鈴木さんは電極ケーブルを海底に張り、ケーブルを曳いて電池を見つける方法を開発し、海底資源の探査に成功した。しかし、海底資源を見つけることができてもそれを開発し、利用するためには膨大なコストが必要となる。そのため、海底資源を実際に利用するのは当面難しいとのことであった。
3番目の講演は「海洋マイクロプラスチック汚染問題にどう取り組むか」というタイトルで土屋正史さん(海洋研究開発機構)によって行われた。プラスチックの製造は1950年代に始まり、2050年までにプラスチックの累計生産量は330億トンになるとのことであった。プラスチックは河川などを通じて海に入るが、その量は生産量の3%、つまり、2050年までに累計で9.9億トンになる。海にすむ魚類の総重量は8億トンであるから、2050年には海のプラスチックは魚よりも多くなってしまう。この数字を聞いて驚くのは私ばかりではないであろう。ウミガメやイルカなどがプラスチックを間違って食べてしまい、死んでしまうことがある。さらに、プラスチックは紫外線や波によって細かくなり、マイクロプラスチックとしてプランクトンなどによって体内に取りこまれ、魚類などの海洋動物の体内に入り、最終的に人間の体内にも入ってしまう。プラスチックは海の表層域ばかりではなく、水深が数千メートルもある深海からも多数発見されている。海洋に出て行くプラスチックをなんとかしなければ人類にとって大きな問題となることは明らかである。
4番目の講演は「海の温暖化 気候変動は未来をどう変えるか」というタイトルで、須賀利雄さん(東北大学大学院)によって行われた。地球温暖化に温室効果ガスが増えたことによって熱エネルギーが地球気候システムに蓄えられている。過去50年間に地球に蓄えられたエネルギーは日本全体のエネルギー消費量に換算すると約2400年分というとてつもない量になっているとのことである。そして、その91%が海に蓄えられている。そのため海水温は上昇を続けており、海洋熱波と呼ばれる海の異常高温現象が引き起こされている。このような海の変化によって非常に強い台風が発生したり、高潮が発生しやすくなったりしている。我々はともすると地上の異常気象などに目を奪われがちであるが、海でも地球温暖化の影響が出ていることに注意する必要がある。
4題の講演の後、東北大学大学院の藤井豊展さんの「三陸沿岸海域における環境モニタリングと社会・生態システムの変動に関する研究」と安中さやかさんの「データの蓄積が明らかにする海洋環境変化」という短い話題提供が行われ、パネルディスカッションに入った。井田徹次治さん(共同通信社)の巧みな司会によって各演者から有益なメッセージを引き出すなどパネルディスカッションは充実したものとなった。
【レポート2】伊藤 元己 (東京大学名誉教授・財団理事)
藤原ナチュラルヒストリー振興財団は、2021年10月24日(日)に仙台国際センターにおいて、仙台シンポジウム「海と地球の自然史-変わりゆく海洋環境から海洋プラスチックごみまで地球の問題を考える-」を開催した。本シンポジウムは財団設立40周年記念事業の一環で、毎年開催されている東京都以外の都市での開催の第3回目シンポジウムでもある。本来は財団設立40周年にあたる昨年に開催する予定であったが、コロナウイルス感染の拡大により、本年に延期された。また、感染の様子が予測できないことから、仙台会場での対面とオンライン配信のハイブリッド開催となった。参加者は仙台会場で35人、オンラインでの視聴が125人で合計160名という盛況であった。私は都合上、オンラインでの参加となった。シンポジウムのオンライン配信は昨年に続き2回目であったので、大きなトラブルもなく進行したが、後から会場参加者から会場での盛り上がったという話を聞き、直接その雰囲気を味わえず残念であった。
今回のシンポジウムのテーマは、単に自然史の興味深い話だけではなく、深刻な問題を抱えている海洋の温暖化や酸性化および海洋プラスチックごみ問題の現状と地球の将来について自然史の観点から考えるというものである。
最初の発表は原田尚美さん(海洋研究開発機構)の「北極域の海洋生物の現状と展望」であった。他地域の2倍の速さで温暖化が進んでいるという北極圏で、物理環境や生態系がどのように変化しているかについて、特に海氷に依存する生態系システムである「底生・遠洋システム」が、温暖化による海氷の消失でどのような影響を受けるかについて深く考察を行った。
2番目は鈴木勝彦さん(海洋研究開発機構)の「広い海から限られた海底資源をどのように探すか」という講演であった。レアメタルやレアアースなどの鉱物は、現在では重要な資源となってきている。海底には大量の鉱物資源が存在することを紹介し、これらが存在する場所は、鉱床ができる条件を科学的に探って場所を絞り込むことができること、将来、採鉱技術の開発が進めばこれら海底鉱物資源の利用が可能になることなどを説明した。
3番目の演者は土屋正史さん(海洋研究開発機構)が「海洋マイクロプラスチック汚染問題にどう取り組むか」と題する講演を行った。土屋さんは仙台会場ではなくオンラインでの講演であった。現地での試聴はどうであったか不明であるが、オンラインでの試聴は特に問題はなかった。講演は最近話題になっている海洋マイクロプラスチックに関する話題で、汚染は深海までおよんでいることや、プラスチック生産量から考えると大量のプラスチックの行方がわからないなど、結構衝撃的な内容であった。
4番目は「海の温暖化 気候変動は未来をどう変えるか」というタイトルで須賀利雄さん(東北大学)が講演した。地球温暖化問題は、重要な国際的課題であるが、一般的には気温上昇が大きく取り上げられている。しかし、地球が溜め込んだ熱量の91%が海に溜まっていて、大気に溜まったのはわずか1%であることを紹介した。実は、海が膨大な熱を吸収することで、気温上昇を大幅に和らげているとのことである。そのため、地球温暖化の実態把握には海への熱の蓄積を見積もることが重要であり、自動観測装置による全球海洋観測網Argo(アルゴ)が貢献してきたことを紹介した。
4題の講演の後、井田徹治さん(共同通信社)の司会で、本シンポジウム講演者4名と藤井豊展さん(東北大学)、安中さやかさん(東北大学)によるパネルディスカッションが開催された。今回のシンポジウムは、海に関する広い範囲の話であった。しかし井田さんのジャーナリストからの視点を生かした研究者とは一味違った見事な司会進行のおかげで、全ての話題が噛み合い、特に海洋の環境問題と一般社会との関わりについての熱い議論が繰り広げられた。
今回のシンポジウムは、現地とオンラインのハイブリッド式の開催であったが、開催地まで行くことが困難な方にも視聴が可能であるメリットがあり、実際に多くの方々がオンラインで視聴されたことから、平常に戻ってもハイブリッド式を取り入れることを考えても良いであろう。
【レポート3】光明 義文 (一般財団法人東京大学出版会・財団評議員)
藤原ナチュラルヒストリー振興財団(以下、財団)の評議員としてお手伝いをさせていただいております東京大学出版会編集部の光明(こうみょう)と申します。財団の40周年記念シンポジウムが「海と地球の自然史」というテーマで仙台国際センターにおいて10月24日(日)に開催されました。オンラインと対面のハイブリッド形式でしたが、財団の事務局をはじめスタッフの尽力により、滞りなく進行しました。
真鍋淑郎先生がノーベル物理学賞を受賞されましたが、真鍋先生にゆかりの深い海洋研究開発機構(JAMSTEC)の先生方にも講演者としてご登壇をいただきました。講演者と講演要旨の詳細は財団のHPをご参照ください。
https://fujiwara-nh.or.jp/archives/9d66af82a93561ba2ea6fa18f33c4aa9b3c30e0b.pdf
ここでは一参加者としての感想を書かせていただきます。いずれの講演もきわめて興味深い内容でしたが、とくに海の温暖化、海底資源、海洋プラスチックごみの問題などについては、いくつか新たに学ぶことがありました。たとえば、温暖化の負の影響については、サンマの不漁をはじめとする生態系な大きな変化、海洋熱波や高潮など極端現象、そして異常気象といった負の影響がいろいろと指摘されていますが、そのような負の影響だけではなく、生物の生産量が増加するという正の影響もあるようです。もっと多様な視点で温暖化について考える必要があると思いました。複雑な政治状況をふまえて、資源開発と環境保全のバランスをとることのむずかしさも感じました。海洋プラスチックによる汚染は深刻な環境問題ですが、海洋に流出したプラスチックごみのうち、なんと99%が「行方不明」(The Missing Plastics)になっているそうです。これにはとても驚きました。かなりの量が深海にあるのではないかと推測されているようですが、まだ調査はあまり進んでいないそうです。速やかに実態が明らかになることを期待したいところです。
シンポジウムの最後は共同通信の井田さんの司会によるパネルディスカッションでした。
井田さんの「海の危機について多くの人たちに知ってもらうためにはどうすればよいか」という問いかけに対して、パネリストの先生方はそれぞれの視点でご意見を述べられました。 編集者としての立場から先生方にお願いしたかったのは「海の危機についてたくさんの人たちに知ってもらうために、本を書いてください」ということです。小会ではこれまでに海をテーマにした書籍をいくつか出版してきました。その分野は海洋生物学、海洋環境学、海洋民族学など多岐にわたります。しかし、売れ行きは2011年の東日本大震災以降、全体的に落ちています。その理由のひとつは、おそらく「海はこわい」という意識が日本に広がったからではないかと考えています。1970年代、沖縄海洋博の時代には海洋開発への関心が高まりました。イルカを「牧羊犬」として使う海洋牧場の構想などがありました。そして、ダイビングやサーフィンなどのマリンスポーツが大きなトレンドとなりました。いつの時代にも海はすばらしいところであってほしい、そんな海を大切にしながら、どのようにつきあっていけばよいのか――そのことを次世代に伝えるためにも、海をテーマにした本は重要ではないかと思いました。
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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2024年3月までに、学術研究助成883件、高等学校への助成127件を実施しました。