第13回シンポジウム「川の自然史」(オンライン)感想 2021.12.21
藤原ナチュラルヒストリー振興財団第13回シンポジウムを、11月28日(日)に「川の自然史」をテーマとして、昨年に引き続きオンラインで開催した。
参加者は128名となり、東京及びその近県以外からの参加のほか、11月14日に開催した高校生ポスター研究発表に参加された高校生の他、それ以外の高校生の参加もみられた。
「川」をテーマとして、4人の演者による、地質、動物、植物、また展示(川を見る視点)に関しての講演が行われた。各講演の後の質問時間の他にも、全講演終了後には総合討論を行い、さらなる質問に対しては講師からオンライン上のQ&Aで回答された。
残念ながら、今年も例年のような聴衆と講師とのシンポジウム後の歓談や質問の姿を見ることはできなかったが、聴衆より「日本の生態の多様性の理由の一端がわかった気がする」「川や地質は奥が深そうなので、更に詳しく勉強して見たいと思う」というご感想等をいただいた。また、高校生ポスター研究発表の表彰もあったことから「支援を通じて羽ばたいた高校生たちの現在の様子も知りたい」等のコメントもいただいた。
次年度以降の状況が不明であるが、全国からの参加が可能であるオンラインでを望む声も多く、今後のシンポジウムの開催方法等を検討していきたい。
上段左: 小林まさ代 氏 右: 東城幸治 氏 下段左: 片山なつ 氏 右: 渡辺友美 氏
【レポート】西田治文 (中央大学教授・財団理事)
藤原ナチュラルヒストリー振興財団第13回シンポジウム「川の自然史」は,11月28日(日)に2020年同様,オンラインで開催された。128名の参加があったが,同様にオンライン開催した2020年度の「音の自然史」より減少したのは,残念であった。しかし,オンライン開催の利点である遠方からの参加が今回も活かせたので,今後は対面方式との併用が標準となるであろう。
自然に対する興味は尽きることがない。「川」をわずか4名の話題提供で表現することはもともと無理であるけれども,「自然史」の醍醐味は,話題に触発されて次々と浮かんでくる発想と,それらを結びつけてさらに想像を広げる楽しさにあるとも言えよう。今回の話題は,そのような醍醐味を十分に堪能できるものであったから,視聴を逃した方には誠に申し訳ないと思うほどであった。
最初の演者,小林まさ代さんは,荒川とその流域である埼玉県を地学と地形学に基づいて解説することで,日本列島の成り立ちまでわかりやすく説明された。また,下流域の都市が抱える問題点も浮かび上がってきた。地域ごとの自然史研究がいかに重要であるかをあらためて訴えることにもなった。
日本列島とその水系のなりたちや特徴がわかってきたので,次の東城幸治さんによる生物の話題がすんなりと理解できるようになった。列島を大きく分断する2つの地質構造である糸静線と中央構造線を堺にして河川の生物がどのように生き,現在の分布域を形成するに至ったかを,最新の遺伝子解析結果などを元にして「いきいきと」解説された。一方で,自然史研究には不可欠な現地調査での苦労や工夫もこの分野ならではのことであった。紹介された生物はコケから昆虫,鳥,魚,両生類,哺乳類と盛り沢山で,なかでもカワネズミがイワナを捕食する映像に惹きつけられた参加者も多かったと思われる。
片山なつさんは,とても植物とは思えないようなカワゴケソウの特異な生活様式と,そのような生活を可能にしている形態がどのようにして進化してきたかをわかりやすく紹介された。カワゴケソウは日本では九州南部に限られるが,世界的には熱帯域の河川でそれぞれ個別の進化をとげているので,それらを比較することで図らずも「川」と「河」についても連想できることとなった。「食べられるんですか」という当然の質問に対しては,食通が喜ぶような答えは得られなかったが,ガイアナにいるカワゴケソウ食のパクという魚は美味しいそうである。
自然史は野外に直結しているが,そこで得られた上記のような興奮の事実を伝えることは,人類のためでもある。しかし,その伝え方についてはあまり紹介されることがない。渡辺友美さんはこの分野の専門家で,今回は「川」とその周辺をどのように伝えるかを,いくつかの目的ごとに解説された。そこには,時間と空間を踏まえて物理,化学,生物学,地学的要素を巧みに組み合わせることで,効果的な展示をデザインするという専門家の世界があった。屋内で行われることが普通である展示において,五感に訴えかけることへの工夫もいろいろで,日本では残念ながらまだあまり評価されていないこのような仕事の重要性をあらためて感じた。
口頭の質疑応答は叶わなかったが,文章による質疑にはかなり専門的なものまであり,発表者の方々もやりとりを楽しまれたのではないだろうか。来年度は,対面実施が実現できることを願うばかりである。
【レポート】村上哲明 (東京都立大学教授・財団評議員)
藤原ナチュラルヒストリー振興財団第13回シンポジウムは2021年11月28日(日)に、昨年度(第12回)と同様、オンラインで開催された。今年は「川の自然史」がテーマで、以下の4件の講演が行われた。
小林 まさ代(埼玉県立自然の博物館)「荒川が教えてくれる埼玉県の地質」
東城 幸治(信州大学)「日本の動物はどこからきたか? 川の動物が伝える日本列島の生きものの歴史」
片山 なつ(千葉大学)「河川の季節的な水位変化に適応した植物"カワコゲソウ"」
渡辺 友美(東海大学)「展示を通して川を見せる」
まず、一人目の小林さんの講演では、埼玉県全域を横断するように流れる荒川に沿って県内の地形と地質が紹介された。埼玉県は西半分が山地、そして東半分が平野で、大きな違いが見られるが、地質的にも大きく異なっている。さらに、地質は地形と密接な関係が見られる。例えば荒川の源流の甲武信ヶ岳(火成岩の岩塊)から少し下ると、地質は硬くて浸食されにくいチャートや石灰岩となり、急流が川底を削り続けて深いV字谷が形成されている。さらに下ると今度は、地質が柔らかくて浸食されやすい砂岩や泥岩となり、川はその上を移動しながら削るので、河成段丘が形成される。さらに下ると硬くて片理に沿って割れやすい結晶片岩となり、川の両岸が切り立った崖(長瀞渓谷)になるといった具合である。川と地形と地質が密接な関係をもつことから、川の流路をたどることで、普段は見えづらい地質についても認識できるのが興味深かった。
次に二人目の東城さんの講演では、川に生息する様々な動物群のDNAを地域集団ごとに調べて、似たDNAをもつ集団がどこに分布しているかを調べると、1,500〜500万年前の日本列島の形成史の影響が見られたことが紹介された。河川に生息する動物にとって、水系間を移動することは非常に困難なので、同じ地域で長期間、生き続けてきたと推定できる。このような動物は、その場所の地史を反映しやすいと考えられる。実際に、様々な水生動物群の地理的遺伝構造を比較してみると、共通して東北日本と南西日本で大きな遺伝的分化が見られ、これは日本列島の東西両地域が当初、別々に形成され、500万年ほど前にそれらが合体して現在の列島が形成された地史とも良く一致するというものであった。このような古い時代の影響が今も多くの水生物の遺伝構造、つまりDNAに刻まれた情報として残っていることにはとても驚かされた。
三人目の片山さんの講演では、世界の熱帯・亜熱帯域の河川の早瀬や滝などの急流域に適応して、特殊な形態をもつようになったと考えられるカワゴケソウ科植物が紹介された。川の急流域には他の群の植物は全く見られないことから、そのような環境に生えられるようになった「類いまれな植物」がカワゴケソウ類である。他のほぼ全ての被子植物が下から上に根、茎、葉・花が垂直的に配置される体制をもつのに対して、カワゴケソウ類は水平的・平面的に広がる緑色の根から直接(茎を経ずに)、葉や花が生じるという全く異なる体制をもっている。このような独自の体制を獲得できたことで急流域の岩にもしっかり張り付いて生育できるようになり、他の植物が全く生育できない、そのような特殊な環境で繁栄できているのだろう。さらに、多数の島嶼からなるアジアの熱帯域と異なり、南米やアフリカは大陸なので熱帯域に大河があり、カワゴケソウ類もアジア産のものよりもはるかに大型化し、体制も複雑化しているというのは興味深かった。
四人目の渡辺さんの講演では、川を様々な視点と側面から見てもらえるように工夫をした展示の例が紹介された。飛行機の高度まで離れても川の全貌は大き過ぎて見えない一方、川底の生態系などは小さすぎて、川の中に入って間近に見なければヒトには見えない。そこで、様々な視点で川を感じてもらえるような工夫をした展示をされてきたとのことであった。その例として、川を俯瞰した模型を作成して水生動物にとっての川と海の繋がりが見えるようにしたり、逆に川の中の詳細が見えるように、「魚道」と呼ばれる水生動物がダムなどの人工障害物を避けて川を上り下りできるようにした階段状の構造物の中を実際に魚が移動するところを撮影した映像を見せる展示等が紹介されていた。川の速い流れと、それをものともしない魚の遊泳の映像は、確かに普段見えない川の中を間近に感じさせるものであった。さらには、日本では想像もできないロシアの極寒の大河に生息する3種の魚類の暮らしぶりの違いも興味深かった。
今回、同じ「川」をキーワードにしても、地質や地形から、そこに生息・生育する動物・植物、さらには様々な視点から川を見せる展示まで、非常に幅広い話題が提供された。そもそも、自然史科学は、多様な分野を含み、かつ分野横断的であることがその重要な特徴であるので、自然史の特性が良く感じられるすばらしいシンポジウムであった。非常に興味深い講演をして下さった4名の講演者の方々に感謝申し上げたい。
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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2024年3月までに、学術研究助成883件、高等学校への助成127件を実施しました。