第14回シンポジウム「感染症の自然史」(オンライン)感想 2022.12.14 2022.12.14
藤原ナチュラルヒストリー振興財団第14回シンポジウムを、9月23日(金・祝日)に「感染症の自然史」をテーマとして、昨年に引き続きオンラインで開催した。
参加者は140名となり、東京及びその近県以外からも参加があり、高校生の参加が多くみられた。
「感染症」をテーマとして、4人の演者により、「感染症の自然史と衛生学」、「エイズの起源と歴史」、「遺伝子解析が語る結核菌と人類の歴史」、「ゆるやかな進化学が紐解くマラリアの薬剤耐性」と題した講演が行われた。また、各講演の後の質問時間の他にも、全講演終了後には総合討論を行い、さらなる質問に対しては講師からオンライン上のQ&Aで回答された。
残念ながら昨年に続き今年度も、聴衆と講師とのシンポジウム後の歓談や質問の姿を見ることはできなかったが、「とても勉強になりました」「自分の送った質問を回答してもらっているのが嬉しかった」などのご感想等をいただいた。
次年度以降の状況は不明であるが、全国からの参加が可能であるオンライン開催を望む声も多く、シンポジウムの開催方法等を検討していきたい。
上段左: 門司和彦 氏 右: 山本太郎 氏 下段左: 和田崇之 氏 右: 美田敏宏 氏
【レポート】松浦啓一(国立科学博物館名誉研究員・財団理事)
藤原ナチュラルヒストリー振興財団は自然史を普及するため、毎年、東京でシンポジウムを開催している。さらに、2016年から東京以外の地域でも隔年でシンポジウムを開催するようになった。今年は第14回シンポジウム「感染症の自然史」を東京で開催した(次回の地方シンポジウムは2023年に開催予定)。今回のシンポジウムはコロナ禍のためZoomを用いたオンライン方式となった。オンラインには現地参加方式よりも優れた点がある。参加者はインターネットを利用できる環境にいれば、世界のどこからでもシンポジウムに参加できるし、PCで発表スライドを間近に見ることができる。今回のシンポジウムにオンラインで参加した人は140人を数え、シンポジウムが成功したことを示している。
今回のテーマは「感染症の自然史」であった。新型コロナという新たな感染症が2020年から今日まで全世界に深刻な被害をもたらしている。そのため、感染症に多くの人たちが関心を抱かざるを得ない状況が生み出された。しかし、「自然史」と「感染症」という二つの事柄にどのような関係があるのだろうか、と少々疑問に思う人もいたに違いない。私もその一人であった。ところが、シンポジウムの4人の演者が自然史(とりわけ、進化と生態)の観点が感染症研究にとって大切なことを具体的に示してくれた。
最初の発表は門司和彦さん(長崎大学)による「感染症の自然史と衛生学」であった。人類は誕生してから今日まで様々な感染症に苦しめられてきた。門司さんは、人類の社会の変遷によって、どのような感染症がどのように広まったか、どのように感染症と立ち向かってきたかを分かりやすく示してくれた。パスツールやコッホのように病原体を研究することは重要であるが、それと同時に衛生学的な観点(広い意味で生態学的な観点の取り組み)から感染症に対応する必要があるとのことである。特に大気環境を健全に保ち、温暖化を防ぎ、換気の良い住環境・都市を形成することが大切であると訴えられたことが記憶に残った。
2番目は山本太郎さん(長崎大学)による「エイズの起源と歴史」という講演であった。エイズウィルスの遺伝子解析によって、1921年頃にコンゴ民主共和国と中央アフリカ共和国の国境付近でチンパンジーから一人のヒトに感染したことが判明した。感染は世界的規模で進み、現在までに感染者は累計7千万人となり、死者は3千万人となった。エイズがヒトに感染した1921年には、ヨーロッパの国々によるアフリカの植民地化が進み、都市や道路・鉄道建設に多くの男性労働者が必要とされ、著しく性比が男性に偏った地域が形成され、性産業の交流をもたらし、エイズが広まる環境が整っていた。さらに、現地では、注射器の共有などがエイズの拡大を促進した。また、輸血用血液の輸出によってエイズは遠隔地に広がった。世界の冷戦構造やグローバル化もエイズの感染拡大に大いに関係したという話を聞くと、感染症に対応するためには国際的な連携が必須であることがよく分かった。
3番目の講演は「遺伝子解析が語る結核菌と人類の歴史」というタイトルで和田崇之さん(大阪公立大学)によって行われた。結核は日本では1940年代まで不治の病と呼ばれて恐れられてきた。1947年以後、患者数は減少に転じ、1960年~1970年に抗生物質が作られるようになると、結核による死亡率は激減した。しかし、現在、日本でも毎年1万5千人の患者が発生し、2千人が死亡していて、結核を過去の病気と言うことはできない。人類の歴史を遡ると、ドイツで紀元前5千年頃の地層から出土した人骨にカリエスの跡が見出されているので、人類が長期に渡って結核に感染していたことが分かる。人類がアフリカからユーラシア大陸やアメリカ大陸へ移動するに連れて、結核菌も全世界に広まったのである。現代の結核菌の遺伝子解析によると9系統に分かれており、東南アジアやインドからアフリカへ広がったと思われる複数の系統が存在する。結核菌は野生動物から人類に感染したと考えられているが、ヒト結核菌が数千年前に動物へと適応(逆方向)したことも分かってきた。結核菌はヒトの体内で活動を休止して、長期に渡って潜伏し、高齢になって免疫力が低下すると再発することもある。結核を根絶することは難しいため、どのように「つきあうか」を考える必要があるであろう。
4番目の講演は「ゆるやかな進化学が紐解くマラリアの薬剤耐性」というタイトルで、美田敏宏さん(順天堂大学)によって行われた。マラリアはマラリア原虫によって引き起こされる感染症で、熱帯域では最も恐ろしい病気の一つである。マラリアにはコロナワクチンのような有効なワクチンがないため、感染すると100人に1人は死亡する。マラリアは人類誕生以来、恐ろしい感染症の一つであった。現在でも全世界でマラリアに感染する人は毎年2億人を超えている。特にアフリカの状況は深刻である。マラリアを殺すことができる薬剤は開発されているが、マラリアも進化を続け、薬剤耐性をもつマラリアも出てくる。薬剤耐性をもつマラリアについては、耐性機構を研究し、耐性機能を阻害することが必要となる。美田さんの講演を聞いて、マラリアとの闘いにおいては、進化学の視点からマラリアを理解することが大切であると感じた次第である。
4題の講演の後、パネルディスカッションに入った。オンラインのシンポジウムだったため、参加者からはZoomのQ&A機能を用いて多数の質問が出された。それに対して、演者から丁寧な回答および説明があり、パネルディスカッションは充実したものとなった。
【レポート】上田恵介(立教大学名誉教授、財団理事)
藤原ナチュラルヒストリー振興財団第14回シンポジウム「感染症の自然史」は2022年9月23日(金・祝)に、昨年に引き続き、オンラインで開催された。今回の「感染症」というテーマは、新型コロナウイルスが猛威を振るっている現在、細菌やウイルスはなぜ人に感染して害を与えるのかについて、多くの人が興味を持っている時宜を得たテーマであったと思う。
プログラムは財団理事の伊藤元巳(東大名誉教授)の開会挨拶で始まった。
まずイントロとして、感染症とは何か、細菌やウイルスがどのように自然界で進化し、人間と関係を持つようになったかを、長崎大学の門司和彦氏が「感染症の自然史と衛生学」 と題して、衛生学者としての立場から解説した。門司氏の話は、人類がその進化史の中で、マラリア、天然痘、麻疹、ハンセン氏病、結核、黄熱病、コレラ、インフルエンザなど、ありとあらゆる感染症と闘い、生き残ってきた存在であることの意味を、寄生者の進化という概念を軸に、専門外の我々にもわかりやすく解き明かしてくれるものであった。氏は講演の最後に「重篤な症状を引き起こす、今回の新型コロナウイルスのような感染症はもう出てこないと思っていた」と心情を吐露された。世界的な規模での人口増加と移動の自由が、世界を1つに結びつけ、感染症が広がりやすくなった環境を人類自体が作ってきたことは、私たちの文明への警鐘であると言えるだろう。
ついで、現在でも世界で猛威を振るい、三大感染症と言われるエイズと結核とマラリアについて、それぞれを専門とする三人の専門家に話題提供していただいた。
HIV(エイズ)について、長崎大学熱帯医学研究所の山本太郎氏が「エイズの起源と歴史」というタイトルで、世界で7000万人が感染して、3000万人の命を奪ったエイズが、いつ、どこで発生して、世界に広がったかをいくつもの証拠に基づいて話された。氏はエイズが広がった根本的な原因として、20世紀初頭のヨーロッパ諸国による植民地支配を挙げられ、皮肉にもアフリカなどの発展途上国の医療に尽くそうとして先進国から持ち込まれた注射器によって、さらに感染が広がったことも指摘された。そして「我々は1つの絶対的な答えを求めない。微生物と宿主は一方的な対立関係ではなく、どこかで共生することが大切ではないか」と、熱く語っていただいた。「我々は何も知らないというところから始めなければならないというメッセージは視聴者の心に深くしみわたったのではないかと思う。
ついで大阪公立大学の和田崇之氏は「遺伝子解析が語る結核菌と人類の歴史」と題して、今また流行の兆しを見せている結核について話された。遺伝子解析によって結核菌のタイプに地域性があることが判明したことから、結核菌がヒトの移動によって約7万年前にアフリカからヨーロッパに、そしてアメリカ大陸へと広がったという興味深い研究成果を紹介された。そして縄文時代に結核はなく、弥生時代になって初めて日本への侵入があったことを、弥生時代の人骨から、結核による脊椎カリエスの跡が発見されたことから分かったと、人類と結核の長い付き合いの歴史を語られた。さらに結核菌で人からウシに感染するタイプが進化したことなど、私たちの知らなかった面白い話題も提供していただいた。会場からの「公衆衛生が発達すると結核はなくなるのか?」との問いに、結核菌はしたたかで常に薬剤耐性が生じるので、根絶は困難との回答があった。
順天堂大学医学部の美田敏宏氏からは「ゆるやかな進化学が紐解くマラリアの薬剤耐性」という話題提供をいただいた。マラリアは死亡率が新型コロナの10倍以上であるのにもかかわらず、有効なワクチンはなく、今もアフリカを中心に世界で年間2億人が罹患している深刻な感染症である。マラリアの特効薬と言われたキニーネを始め、様々な抗マラリア薬剤が使用されてきたが、マラリア原虫はそれらに対し、次々と薬剤耐性を獲得してきたのが、いつまで経っても根絶に至らない要因であるという。マラリアと人類は、人類史の始まりからの長い付き合いであり、このマラリア原虫の薬剤耐性の進化を考えるとき、医学と進化学のコラボレーションが重要な鍵を握っているというお話しであった。
オンライン視聴者数は140人で、中高生が多いように感じられた。どの演者の講演も面白く、さらに若い世代への励ましの言葉もいただいた。美田氏はこのシンポが終わったその夜に、アフリカのウガンダでのマラリア研究に旅立って行かれた。傍観者ではなく、身をもって感染症と戦っている研究者の姿は、若い世代に大きな感銘を与えたと思う。非常に有意義でエキサイティングなシンポジウムだった。
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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2024年3月までに、学術研究助成883件、高等学校への助成127件を実施しました。