第16回シンポジウム「新種発見の自然史」(ハイブリッド形式)感想 2024.12.03
藤原ナチュラルヒストリー振興財団第16回シンポジウムを、10月20日(日)に「新種発見の自然史」をテーマとして、会場(中央大学後楽園キャンパス)とオンラインのハイブリッドで開催した。
会場には一般の参加者のほか、中高生を含む学生、遠方からの参加者もみられた。今回、事務局のオンラインのURL送付ミスにより、オンライン参加者は少数となってしまった。楽しみにしておられた方には大変申し訳ありませんでした。今後は十分注意を払ってまいります。
テーマ「新種発見」について、次の4人の演者により講演がなされた。松浦啓一先生「魚の新種はどこからみつかるのか?新種発見の歴史と今後の展望」、田中伸幸先生「東南アジアの未知なる花-多様な新種発見・記載のプロセス」、奥村よほ子先生「新種発見は研究のはじまり」、宮脇律郎先生「鉱物の新種発見と国際鉱物学連合、新鉱物命名分類委員会の活動」。各講演後には参加者と講師による質疑応答が行われた。
「毎年楽しみにしている」「どの分野も興味深い」などのご感想等をいただいた。
今後も会場での参加のほか、全国からの参加が可能であるオンラインとのハイブリッド開催を検討したい。
上段左: 松浦啓一 氏 右: 田中伸幸 氏 下段左: 奥村よほ子 氏 右: 宮脇律郎 氏
【レポート】伊藤 元己 (東京大学名誉教授・財団理事)
藤原ナチュラルヒストリー振興財団は、2024年10月20日(日)に中央大学において、第16回シンポジウム「新種発見の自然史」を開催した。中央大学の会場での対面とオンライン配信のハイブリッド開催で行った。
今回のシンポジウムのテーマは、1年前に好評のうちに終了したNHKの連続テレビ小説「らんまん」で描かれていた新種発見という事象に焦点を当てたものである。新種がどのように発見され、研究の後、新種として認識され、世に発表されていくかを、様々な対象での実例を紹介する目的で、動物、植物、化石、さらに生物ではない鉱物における新種について、4名の専門家に講演していただいた。
最初の発表は動物の新種発見に関するもので、国立科学博物館の松浦氏による「魚の新種はどこから見つかるのか」であった。世界と日本の魚類の概要を紹介した後、新種の判断基準、新種発表の資格、動物の新種登録機関の有無など、分類学者以外の人々が抱く疑問点について解説した。さらに、今後魚の新種が多く発見される可能性のある場所について、海底で砂のミステリーサークルを作る新種のフグの例などを交えて紹介した。
2番目の講演は、国立科学博物館の田中氏による「東南アジアの未知なる花--多様な新種発見・記載のプロセス」であった。自身の東南アジアでのフィールドワークの内容と、そこで発見した新種候補の植物を紹介し、新種の判定から発表までの過程を説明した。また、新たに発見された植物だけでなく、既知の植物が新種として再記載された例も紹介した。
3番目の講演は、佐野市葛生化石館の奥村氏による「新発見は研究の始まり」であった。専門である腕足類の化石を中心に、化石研究における新種発表の特徴を解説した。化石では不完全なサンプルが大多数を占め、種の判定が困難であるなど、古生物学特有の課題を紹介した。さらに、同一生物種の化石でも器官別に種名が与えられたり、生痕化石にも種名が付与されるなど、化石特有の分類方法についても言及し、聴衆に新たな知見を提供した。化石に特有の種があることはちょっとした驚きであった。
4番目は国立科学博物館の宮脇氏が「鉱物と宝石」というテーマで講演した。鉱物種が化学成分と結晶構造により分類されることを説明し、新種鉱物の認定には国際機関への申請と承認が必要であることを強調した。生物の新種が国際規約に従えば自由に発表できるのに対し、鉱物では国際機関による審査と承認が発表の前提となる点など、生物の新種発表とは大きく異なる事が新鮮であった。
【レポート】鈴木 忠 (慶應義塾大学准教授・財団理事)
新種発見!というフレーズを聞くと、なにかワクワクする塊が胸に湧き上がってきて、生物学の道を歩み出した頃の私は、いつかそんな現場を体験できたらいいな、と思っていた。クマムシの研究をするうちに遅まきながら分類学にも片足を突っ込むことになった現在、ことあるごとに「どうせまた新種だし・・・」という妙な呟きを口にすることになるとは皮肉なものだ。野外調査は楽しいが、新種記載の仕事はしんどい。でも私たちがやらなければ、こんなに多様な生き物たちが私たちと共に地球上にいるという事実が知られざるままになるのだ。と、いきなり情けない自分の話ですみません。今回のシンポジウムでは、正真正銘のプロフェッショナルな講師陣による新種発見の自然史研究の数々を聴いた。
最初は松浦さん(科博)による魚の新種のお話。魚のような大きさの動物でも毎年300種ほども新種が発見されるとは驚きで、さらに意外だったのは、淡水魚の新種発見のほうが多いとのこと。地球上の水の97.4%は海で、残りのわずか2.6%の淡水に多様な魚がひしめきあっているという賑やかな情景が描かれた。
魚の次は花。東南アジアのショウガ科の植物新種記載が進んでいる現状が、田中さん(科博)の撮影された美しい花の写真の数々とともに語られた。この仲間の分類が難しいのは、押し葉標本では形態記載が困難なので、朝早く森に入って、開いたばかりの花の写真をとらなければならないこと。その場で花を解剖し、すべてのデータをとる必要がある。しかし最近では現地の(地元の)研究者が育ってきたため、どんどん種の多様性が明らかになってきているそうだ。
次は古生物の新種発見話。古生物といえば人気の高いのはもちろん恐竜で新たな学科ができるほどだが、お話しされた奥村さん(佐野市葛生化石館)は微化石の研究者で古生代の有孔虫の専門家である。化石館の近くにあるペルム紀の石灰岩産地から見つかった腕足動物の新種などが紹介された。この仲間はわずかな原生種しか知られていないが、全化石20万種のうちでは、なんと2万種も腕足動物が占めているのだそうだ。
そして最後のお話しは鉱物の新種発見。「鉱物」とは「地質作用により自然に生じた固体物質」として定義されるので、地質作用で生じたカタマリならば結晶・非結晶は問われず、無機・有機化合物の区別もされないのだそうだ。それらに与えられる独自の鉱物名を扱う機関として国際鉱物学連合IMAの新鉱物・命名・分類委員会が毎月の審査活動を続けている。このお話しでは、「鉱物は地球(宇宙)からの手紙」「鉱物研究=地球語の辞書編纂」という素敵な言葉が沁みた。
レポートの最後におわびを申し上げなければなりません。今回のハイブリッド開催では、配布されたオンライン情報の不備(あとから判明)により、多くの方々がオンライン参加できないままとなりました。当日の会場での講演を聴きながらも、オンライン参加者の数が伸びない状況を横目で見ながら、繋げられなかった方々の焦りと無念の気持ちを思っていました。大変申し訳ありませんでした。
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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2024年3月までに、学術研究助成883件、高等学校への助成127件を実施しました。