コラム: 記事一覧
コラム
ツノアブラムシのゴール、社会性、生活環 2011.02.19
著者: 黒須 詩子 (中央大学経済学部)
昆虫が、産卵したり、摂食したりする刺激で植物組織を自らに都合良く変形させてつくる「巣」のような構造を、ゴール(虫えい、虫こぶ)といいます。私は、博士論文の研究対象として、エゴノネコアシアブラムシCeratovacuna nekoashiを選び、そのゴール形成のプロセスや、社会性の進化について調べました。研究の基礎となるヒラタアブラムシ亜科Hormaphidinaeツノアブラムシ族Cerataphidini(エゴノネコアシアブラムシを含むグループ)の分類について勉強する段階で、このグループは熱帯域を含む東南アジアにおよそ70種が分布し、多くが常緑のエゴノキ属にゴールを作るということを知り、ぜひ、実際に調査してみたいものと考えていました。19世紀末から20世紀前半の文献の挿絵にあるインドネシアやマレーシアのゴールは、希に見る奇妙な形をしたものばかりです。私は、無給の研究員を続けていましたが、幸運にも、藤原ナチュラルヒストリー振興財団から研究費を2度にわたって頂く機会に恵まれ、ツノアブラムシ族のゴールを実際に観察し、その仲間について抱いていた曖昧模糊としたイメージを、現実のものとして把握する機会を得ることができました。女性である私に、A. ウォレスのような探検家のまねごとなどはできませんが、それでも、何回かの東南アジアへの旅は、すばらしい体験で、冒険心を満足させてくれるのに十分でした。
ヤムシの魅力 2010.02.24
著者: 後藤 太一郎 (三重大学教育学部)
動物の系統と進化に関する研究は、形態学的な手法とともに様々な分子を指標として調べられるようになって急速に進展しましたが、未だに類縁関係が不明な動物グループもいます。その一つが、私が研究対象としている毛顎動物(毛顎動物)です。この動物は海産で、その多くはプランクトンとして生息し、魚類の餌となるなど、海洋生態系では重要な位置を占めています。体は矢のような形をしており、動きが素早いことからヤムシ(矢虫)と呼ばれます。動物の系統は大きく旧口動物(初期胚に形成される原口が口になる発生様式をとる)と新口動物(原口が肛門になる発生様式をとる)に分けられます。ヤムシの発生様式は新口動物に似ていますが、体の構造は旧口動物に近いものであるため、ヤムシをどちらに置くべきか、長い間議論が続いていました。遺伝子を使った分子系統解析から新口動物でないことは確かなようですが、旧口動物の中でも節足動物などの脱皮動物群か軟体動物や環形動物などの冠輪動物群のいずれかに属すのか、あるいはいずれにも属さないのか、未だに議論が続いています。ヤムシの体は透明で美しく、その素早い動きは魅力的です。しかも、系統的位置以外にも分かっていないことが多いため、ある生物現象がヤムシではどうなっているか、少しでも多くのことを明らかにしたいと思い、もう30年もヤムシと付き合っています。
間隙水に棲む貝形虫類-垣間見る驚異的な種多様性- 2010.02.23
著者: 塚越 哲 (静岡大学理学部)
浜辺の砂を掘ると水が湧いてきます。この水を間隙水といいますが、この間隙水からは、これまで実に20以上の動物門の生物が世界中から報告されています。その中には、腹毛動物や動吻動物のように日常的にあまり知られていない生物から、刺胞動物(クラゲの仲間)、軟体動物(巻貝の仲間)それに私たちと同一祖先をもつ脊索動物(ホヤの仲間)までもが含まれています。間隙水の中は我々が日常目にすることのない場所ですが、多種多様な微小動物が独自の世界を作って生息しているのです。ここでは、微小甲殻類である貝形虫類(カイミジンコ、Ostracoda)を例にして、その驚異的な種数と生物多様性・生物進化研究への展望についてご紹介します。
変な生き物探し 2010.02.01
著者: 太田 次郎 (お茶の水大学名誉教授/元学長 江戸川大学名誉教授/元学長)
生物学の研究室では、変な生き物たちが幅をきかせている。ショウジョウバエ、アフリカツメガエル、C.エレガンスと通称されている線虫、植物ではシロイヌナズナなどである。いずれも、研究者により大事に飼育あるいは栽培され、様々な変種もつくられている。
隠されていた月最古の火成活動 2009.11.30
著者: 寺田 健太郎 (広島大学大学院理学研究科)
私達万人を魅了する「月」。その理由の一つに、満月の時の「ウサギの餅つき」に例えられる「白と黒」の美しいコントラストがあります。あのシルエットはいつ頃、どのようにしてできたのでしょうか? この素朴な疑問は、実は「月の科学」において未だ解決されていない最も重要な研究テーマの一つです。筆者らは「月隕石の局所年代分析」という世界的にも類を見ない独自の分析法を駆使し、この問題解明に取り組んでいます。
シオガマギクの系統地理 2009.08.31
著者: 藤井 紀行 (熊本大学理学部)
日本列島には今現在、約5,000~6,000種もの植物(維管束植物以上)が知られています。その中の約40%は日本に固有な植物と言われており、このことは日本列島の中において活発な種分化が生じたことを物語っています。日本列島はアジア大陸の東端に位置し、そこを舞台にさまざまな生物が行き交い、または新種が生まれてきたものと想像されます。今日本列島に見られる植物はいったいどこからやってきたのでしょうか。またどのように生じてきたのでしょう。私はそうした疑問に答えるために、DNAを使った系統地理学的な研究を進めてきました。
ニハイチュウの自然史 2009.08.26
著者: 古屋 秀隆 (大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻)
ニハイチュウ類は底棲の頭足類(タコ類、コウイカ類)の腎臓を包む袋状の腎嚢の内部を生活の場とする数ミリメートルの多細胞動物である(図1)。ニハイチュウ類は、古くからその少ない細胞数と単純な体制から、単細胞動物(原生動物)と多細胞動物(後生動物)をつなぐ中生動物(Mesozoa)として知られるが、その後、ニハイチュウは後生動物の一員であることがわかり、現在は二胚動物(Dicyemida: 2種類の幼生=胚をもつ意)としてあつかわれている。
ニハイチュウは、系統的に扁形動物、環形動物、および軟体動物などの仲間と関係が深いとみられている。つまりその見かけほど原始的な動物ではない。しかし、ニハイチュウには、それら関連のある動物群がもつ消化管、筋肉、神経などはいっさいみられない。これは、ニハイチュウが寄生生活に移った結果、ニハイチュウの体制が極度に単純化したためであると考えられている。ここでは、そのような想像を絶する体制の変化をとげたニハイチュウとはどのような動物か紹介する。
恐竜時代のトカゲの新種化石について 2009.07.17
著者: 真鍋 真 (国立科学博物館)
石川県白山市桑島(旧白峰村)には、手取層群桑島層という、白亜紀前期(約1億3000万年前)に河川とその周辺に堆積した泥岩、砂岩が露出しています。この大きな崖は、「桑島化石壁」と呼ばれ、1957年に日本最古の珪化木産地として国の天然記念物に指定されています(図1)。ここでは、1985年に、手取層群で最初の恐竜の化石が見つかった場所で、その後、数々の重要な化石が発見されています。私は大学院生だった1985年から、この地層の研究に参加しています。1997年から、この崖の裏側にトンネルが掘削されました。トンネル掘削の際に出て来た岩石の一部を、化石の調査のために約11,270立米(内、動物化石を含有するのは約270立米)を取り置き、現在も継続して化石の有無をチェックしています。
ナチュラルヒストリー礼賛 2009.07.10
著者: 速水 格 (東京大学名誉教授)
自然のありのままの姿とその仕組みや生い立ちを研究するナチュラルヒストリーは、人類が生まれながらにもっている知的好奇心に根ざす最も根源的な基礎科学で、まさに科学の原点であると思います。研究は生物科学・地球科学で扱うさまざまな自然の事物・事象を対象とするので、多くの専門分野に分かれ、目的や方法も多様ですが、いくつか共通する特徴があります。
外洋に生きるウミアメンボ 2009.01.06
著者: 井川 輝美 (盛岡大学文学部)
地球上で最も繁栄している生物は何でしょうか? 昆虫です。種数の多さでも様々な環境に適応している点でも他の生物を圧倒しています。記載されている昆虫の総種数は約95万種であり、この数は地球上の全生物の種数の半分以上を占めます。昆虫は、南極やヒマラヤ高地などの極寒の地にも赤道直下の熱帯にも生息しています。川にも砂漠にも住んでいます。
しかし、昆虫が不得意とする環境があります。海洋です。地球の表面積の約70%は海洋であるにもかかわらず、海に生息する昆虫はわずかで、そのほとんどが潮間帯に住んでいます。外洋に生息する昆虫はアメンボ科ウミアメンボ(Halobates)属の5種しかいません。陸では圧倒的な繁栄を誇る昆虫がなぜ海に生息域を拡大できなかったのか、海洋性昆虫たちがいかなる経路で海洋環境に進出し、どのように生きているのかは極めて興味深い問題です。
生物の殻の中に保存された窒素の同位体組成から栄養源を復元する 2008.11.18
著者: 柏山 祐一郎 (海洋研究開発機構・地球内部変動研究センター)
この研究は、2004年度に当財団の第12回学術研究助成を受け開始されました(申請者は当時博士課程1年)。博士研究のテーマではなかったのですが、予想以上におもしろいデータが得られ、助成を受けた一年で、軟体動物の殻の窒素同位体組成から食性に関する復元をするという、全く新しい研究手法を提示できました。その後、本業の博士研究に時間をとられ(?)なかなか進展をみませんでしたが、最近になり、アミノ酸の化合物レベルでの窒素同位体分析という新しい手法を取り入れることで、新たな展開が開けつつあります。
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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2024年3月までに、学術研究助成883件、高等学校への助成127件を実施しました。