神戸シンポジウム レポート 2016.11.09
2016年10月22日(土)に、神戸シンポジウムを開催いたしました。2名の財団理事より寄稿されましたレポートを掲載いたします。
なお、当日の講演者並びにパネリストの方々のうち、太田英利氏、高橋晃氏、角野康郎氏、岡本卓氏は、当財団の学術研究助成を過去にお受けになられた方々です。
【レポート1】松浦 啓一 (国立科学博物館名誉研究員・財団理事)
藤原ナチュラルヒストリー振興財団は2009年から国立科学博物館との共催によって、ナチュラルヒストリーに関するシンポジウムを毎年、上野(東京)で開催してきた。幸い、シンポジウムには毎回、多くの人が参加して下さり、ナチュラルヒストリーの普及に大いに役立っている。しかし、東京で開催するだけでは、普及活動としては物足りないと感じていた。また、シンポジウムの演者の皆さんは、興味深い話題を提供して下さるので、東京以外の場所でもシンポジウムを開催したいものだと考えていた。
今回、兵庫県立人と自然の博物館および兵庫県立大学自然・環境科学研究所との共催によって兵庫県民会館「けんみんホール」で初めて東京以外の地でシンポジウムを開催することができた。神戸は当財団の創設者であった故藤原基男氏の出身地であり、当財団にとって記念すべきシンポジウムであったと思う。
私はシンポジウム当日、少し早めに会場に着いた。その時点では来場者はそれほど多くなかったため、少々心配したが、シンポジウムが始まると多くの方々が席につかれていた。聴衆は約170人に達したということであるから、シンポジウムは大成功であった。
シンポジウムは2部構成で行われた。第1部では基調講演が2題あった。最初の基調講演は、人と自然の博物館・研究員および兵庫県立大学特任助教の池田忠広氏による「篠山層群の化石群:恐竜とともに生きたカエル・トカゲ――滅びたものたち、生き残ったものたち」であった。日本では恐竜の化石は滅多に発見されることはない、と一昔前には言われていた。しかし、今回の講演の主題であるタンバリュウが兵庫県の丹波市・篠山市から発掘されたり、福井県や北海道などからも恐竜化石が発見されたりして、従来の「常識」は通用しないことが明らかになった。
池田さんは巨大恐竜化石の発見に至る興味深い物語や化石自体の学術的な意義を分かりやすく話して下さった。恐竜のことも面白かったが、多数発見された小型のカエルに関する話が興味深かった。当たり前の話であるが、巨大な恐竜は他の生物とのネットワークの中で生命を維持していた。したがって、恐竜が生きていた時代にどのような生物が恐竜とともに暮らしていたかを知らなければ、恐竜のこともよく分からないであろう。恐竜が話題になると、恐竜の大きさや恐竜の特徴が強調されて、恐竜とともに生きていた生物があまり紹介されない嫌いがある。しかし、今回の講演はカエルなどの恐竜以外の生物にもスポットライトが当てられていて、印象深かった。
もう一つの基調講演は植物に関するものだった。人と自然の博物館・次長および兵庫県立大学・自然・環境科学研究所長の高橋 晃氏が「兵庫県の植物相研究」と題し、兵庫県の植物相調査の歴史を要領よくまとめて話して下さった。フィールド調査の重要性はもちろんのこと、植物標本がいかに大事であるかを紹介して下さった。人と自然の博物館には頌栄短期大学から同博物館へ移管された多数の植物標本が保管されており、その標本群が「兵庫県の植物相研究」を知るために必須のものであることがよく分かった。
高橋さんの講演に続いて、人と自然の博物館の高野温子・主任研究員が「播磨の絶滅危惧種オチフジの秘められた生活史」という講演を行なった。紀伊半島の高野山から発見され、新種として報告された絶滅危惧種のオチフジが20年後に兵庫県の船越山で見つかったという興味深いお話であった。興味をそそられたのは、遠く離れた二カ所のオチフジがどうやら人の手によって運ばれたらしいと言うことであった。しかも元々オチフジが生育していたのは、兵庫県の船越山であり、新種として報告された個体は兵庫県から運ばれたものであろうということであった。
基調講演が終了した後に、パネルディスカッションが行われた。コーディネーターは人と自然の博物館・研究部長で兵庫県立大学教授の太田英利氏であった。パネリストは岡本卓氏(京大)、角野康郎氏(神戸大)、光明義文氏(東大出版会)、西方敬人氏(甲南大)の4人であった。4人のお話はどれも興味深かったが、光明さんは研究者とは異なる編集者という立場から、ナチュラルヒストリーの普及に関する話題を提供された。西方さんは発生学の研究者であるが、発生学も少し角度を変えて眺めてみると、ナチュラルヒストリーと結ぶつくことを分かりやすく話して下さった。
それぞれのパネリストの話はどれも興味深かったが、いささか残念だったのはパネルディスカッションの時間が短かったため、提起された問題点を十分に議論できなかったことである。会場の皆さんは質問したいことがたくさんあったのではないかと思う。今後のシンポジウムでは工夫が必要であろう。
今回のシンポジウムは、多くの皆さんの協力によって実現した。共催して下さった兵庫県立人と自然の博物館と兵庫県立大学自然・環境科学研究所をはじめとして、後援して下さった自然史学会連合、日本分類学会連合等の諸学会、そして、兵庫県教育委員会に厚く御礼申し上げる。
【レポート2】塚谷 裕一 (東京大学大学院教授・財団理事)
2016年10月22日、兵庫県民会館「けんみんホール」で、初の藤原ナチュラルヒストリー振興財団・神戸シンポジウムが開かれた。テーマは「ナチュラルヒストリー-これまでの貢献と今後への期待-」である。東京以外の地での藤原ナチュラルヒストリー振興財団シンポジウムは、これが初の試みであったが、会場は幅広い年齢層の聴衆で埋まり、関心の高さを伺わせた。13時半から始まり、予定の17時をかなり越える熱い会であった。
基調講演は2演題。最初は兵庫県立人と自然の博物館・研究員および兵庫県立大学特任助教の池田忠広氏による「篠山層群の化石群:恐竜とともに生きたカエル・トカゲ」という講演で、約1億1千万年前の白亜紀前期に、現在の兵庫県の丹波市・篠山市にあたる地域から発掘された興味深い化石群について、その発見の経緯、現生種との比較、新種と判断するまでの研究などを、ユーモアを交えて魅力的に語っていただいた。印象的だったのは、研究のさまざまな局面に、市民愛好家とくに子どもたちが鍵となる発見をしたというエピソードである。市民参加型の研究が、ここまでうまくいっている例はなかなか無いのではないだろうか。県立の博物館を中心として、研究者と市民の間のこうした見事な連携が実現している点、兵庫県という地におけるサイエンスのレベルの高さを感じた。
2つめは一転して植物の話。まず兵庫県立人と自然の博物館・次長および兵庫県立大学自然・環境科学研究所長の高橋 晃氏が、「兵庫県の植物相研究」と題し、牧野富太郎から始まる兵庫県の植物相調査の歴史を概観した。牧野 富太郎の調査を、私財を投じて第二次大戦の頃まで支援した資産家が兵庫県にいたというエピソードは、これまた兵庫県の、基礎科学に対する理解の深さを思わせるものだった。また頌栄短期大学から兵庫県立博物館へ、莫大な数の植物標本が収蔵替えされるにあたって、多くの市民が参加したという。また兵庫県のフロラの完全解明に向けて、博物館で取り組んでいる計画に関し、愛好家から新たな産地発見の情報が次々と寄せられている、ということも紹介された。
そうした概要の紹介に引き続き、同博物館の高野温子・主任研究員が、具体例として「播磨の絶滅危惧種オチフジの秘められた生活史」というタイトルの講演を行なった。紀伊半島の高野山で最初発見され大井博士によって新種とされたオチフジが、その後他から全く見つからないまま長い時間がたっていったこと、そして20年後に兵庫県の船越山で再発見された経緯、その間の分類学者の迷い、自生地の保護に向けた市民参加型の活動、そして最新のDNA系統に基づく理解まで、実に楽しい物語が紹介された。高野氏の仮説では、おそらく日本での本来の自生地は兵庫県であり、高野山で見つかった最初の個体は、船越山の瑠璃寺から僧侶が移植したものではないか、という。いかにもありそうな話である。
基調講演のあとは短い休憩を挟み、パネルディスカッションが開かれた。コーディネーターは兵庫県立人と自然の博物館・研究部長で兵庫県立大学教授の太田英利氏。まずはパネリストの岡本 卓(京大)、角野康郎(神戸大)、光明義文(東大出版会)、西方敬人(甲南大)の諸氏から、最近の各分野におけるナチュラルヒストリーの話題が提供された。本州におけるトカゲ属の種分化、水草ガガブタの種子発芽の性質、ナチュラルヒストリーに関する書籍出版の状況、そして発生生物学の分野から見た「ナチュラルヒストリー」の範囲についての話である。それぞれに大変面白く、十分程度ではなくもっと突っ込んだ内容を聞きたいと思う話であった。座長の太田氏による要点の摘出も簡潔かつみごとで、聴衆の理解の整理を助けたと思われる。
そのあとはディスカッションに移行。西方氏の問題提起をきっかけとした、今後のナチュラルヒストリーとは何であるかについての議論もあり、これまた公開シンポジウムとして異例なほど深い内容となった。惜しむらくは、時間が足りずに基調講演に対しての質疑を確保できなかったことだろう。基調講演の時間枠の中で、それぞれの演者の方に対する質疑枠を設けた方が、参加者との間のやりとりが活発にできたかもしれない。当日は熱心な聴衆と豊富な話題提供というとても良い組み合わせであったため、時間が大幅に押しており、十分な時間がとれなかったのは致し方ない面もあるが。
最後は、兵庫県立人と自然の博物館の中瀬勲館長から、全体を大変要領よくまとめた総括があり、盛大な拍手とともに閉会した。兵庫県におけるナチュラルヒストリーの活動は今後もしばらく安泰だろうと安心させられる、良い会であった。
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当財団は、ナチュラルヒストリーの研究の振興に寄与することを目的に、1980年に設立され、2012年に公益財団法人に移行しました。財団の基金は故藤原基男氏が遺贈された浄財に基づいています。氏は生前、活発に企業活動を営みながら、自然界における生物の営みにも多大の関心をもち続け、ナチュラルヒストリーに関する学術研究の振興を通じて社会に貢献することを期待されました。設立以後の本財団は、一貫して、高等学校における実験を通じての学習を支援し、また、ナチュラルヒストリーの学術研究に助成を続けてきました。2024年3月までに、学術研究助成883件、高等学校への助成127件を実施しました。